今回は485系の特急「いしかり14号」と同じ時期、1979年8月28日に弟と札幌から遠軽まで乗車したキハ82系 特急「オホーツク」です。↓写真は遠軽で交換する網走→函館の「おおとり」(函ハコ車)と札幌→網走の「オホーツク」(札サウ車)。遠軽で降りたのは名寄本線の中湧別から湧網線経由で網走に行くためで、能取湖畔で見た真っ赤なサンゴ草(アッケシ草)が印象的でした。↑写真は上下にかなり揺れる列車内から撮影したもので、サンゴ草群生地で有名な卯原内付近と思っていましたが、斜里岳が写っていることから能取付近と考えられます(当時は能取湖全域でサンゴ草が生えていたみたいですね)。ちなみにこの時乗車したのは国鉄標準色のキハ22 70の単行でした(↑中湧別で撮影)。現在の中湧別駅跡の姿も見てきました(2016年7月12日撮影)が、37年前にキハ22が停まっていたのは、3番線の表示が写っていることから跨線橋左側のホームの外側の線路になります。
さてこのキハ82系オホーツクは、1972年10月2日に急行「大雪」を格上げする形で札幌-網走間に札幌運転所(札サウ)所属の7両編成(DcDsDdDDDDc)の全席指定で運転開始、その後1978年10月2日から自由席を新設、1980年10月1日に編成を方向転換、1981年10月1日の改正で1往復増便し同時に付属編成DcDを付けて9両化されましたが、1982年10月6日の改正でキハ183系に変更されました。Tomixの国鉄キハ82系特急ディーゼルカー(北海道仕様)の92573基本セットと92574増結セットで乗車当時の7両編成が再現可能で、紙箱の増結セット3両は基本セットのブックケースにまとめて収納できます。北海道仕様としてキハ82のタブレット保護格子やキロ80の青函連絡船用無線アンテナ・トイレタンク等が装備されています。別途必要な室内灯は当鉄道標準のTORM.(今回はTL-N002 LED室内灯 幅狭タイプ 白色•10本入)を使用します。Tomix製品には一切付属していないサボ関係は、特急オホーツクの愛称•種別•行先が1枚に9両編成分収録されているKATOの「6068E1キハ82 901 シール」を使います。またこのシールには1-7号車分しか入っていない号車サボ(実車は運転開始から方向転換されるまで4-10号車になっています)は美軌模型店さんの「NS-9051 号車番号札(号車入り)」を使います(美軌模型店さんのHPから掲載)。まず札幌・網走方(遠軽で方向転換)の先頭車である10号車・自由席のキハ82後期車から始めることにして車体を分解し室内灯を設置します。室内は座面の青色一色でMicroAce のような枕カバー表現はありません。正面の愛称マークは「おおぞら」と「北海」しか付属していないので、Tomix0858トレインマーク(キハ82系用・文字・A)を使いました。屋根上に信号炎管と排気管を、正面にホース付きジャンパ栓と特急マークを取り付け、ジャンパ・ケーブルが車体色のままなのでエナメルのフラットブラックを剥げるのを覚悟でそのまま筆塗り(写真では既にハゲてます、左が整備後)、札サウ所属なので渡り板を車体色に交換します(最初の写真でわかるように、函ハコ所属車は灰色)。室内灯を入れて再組み立て、各種サボを貼り付けます。10号車とオホーツク/自由席(客扉側)・特急/自由席(運転台側)を選択、行先サボは方向(海側・山側)があるので注意が必要です(札幌方←「札幌ー網走」→遠軽方、となるように貼る)。運転台側の台車に排障器を付けたら、あとは最難関のインレタを残すのみで、これはスミ入れと一緒にまとめて行います。細かい後付け部品の取り付けは大変で何回かピンっという音と共に姿が見えなくなりましたが幸いにも異次元空間には飛んで行かずに無事回収する事が出来て助かりました。またKATOのシールはそれ以上に大変で、周りを太い線で囲まれているためこの枠線を残さないように、かつ中の文字を傷つけないように切り取るのは至難の技で、老眼にLED付拡大鏡だけではかなり無理がありました(意図せずに同じシールを3枚も買っていて良かったです)。
さぁ残り6両、頑張ろうっと。
以上