ひめたか鉄道2018

会社を定年退職して嘱託になり時間ができたことと、会社行事で見たアニメの銀河鉄道に出てくる車両に触発されて、これまで時間に追われてほとんど出来なかった鉄道模型を、ちょっと真面目かつ気楽に再開することにしました。

京阪電車 京阪本線の車両① 昇圧直前の姿

先日乗車した京阪電車8000系に刺激されて京阪本線の電車を整備する事にしました。
f:id:himetaka2018:20220912215453j:imageといっても昇圧前しか知らないので、6000系以前のザ・昭和の車両ばっかりです。
f:id:himetaka2018:20220908124622j:image1983年秋にたった一回だけですが京阪本線の車両を撮影に行っており、この直後の12月に昇圧されるのですが、多分そんな事は全く知らずに撮影したと思われます。
この時の写真が出てきたので、今回はこれを整理しました。
f:id:himetaka2018:20220908124640j:image車窓で見て撮影場所として良さそうと思い、石清水八幡宮駅から歩いて行った八幡市淀川三川合流域にて撮影しましたが、先日乗車した時に見たら京滋バイパスができたためにこの風景を撮影する事は出来なくなっていました。
f:id:himetaka2018:20220913161730j:imageこの3月から投入されたばかりでピッカピカの6000系、複電圧車は4連x5編成が製造されました。
f:id:himetaka2018:20220913161755j:image元1810系1812の1902号機を先頭にした淀屋橋行普通です。
元1810系からの編入車にはシルヘッダーが付いていてバンパーがありませんが、1985年からの冷房化・更新工事で1914を除いて中間電動車に改造されたため、シルヘッダー付きでバンパーなしの先頭車はなくなってしまいました。
f:id:himetaka2018:20220913161817j:image1900系として新製された車両はノーシルノーヘッダーで先頭車にはバンパーがついています。
f:id:himetaka2018:20220913161949j:image淀屋橋行普通の1900系、最後尾は元1810系1819の1909号機です。
撮影したのは橋本ー枚方市間のどっかの駅前の踏切で、駅の移設工事をやっていました。
f:id:himetaka2018:20220908124704j:imageその後、枚方市駅まで行って淀屋橋から来た2200系2222号機を撮影しました。
2200系の更新工事は1984年以降なので未だ行先板を掲げており、またこの編成は2011年8月31日に廃車されています。
f:id:himetaka2018:20220913162002j:image枚方市駅から交野線に乗って移動し途中の築堤を走る二代目600系の私市行を撮影しました。
この二代目600系は、1960年台前半に通勤混雑緩和のために新製した車体に初代600系の機器を使って更新したもので、車体形状は当時最新の2000系の卵型ではなく、搭載する機器に合わせて1650形を全金属にした形をしています。
二代目1800系に車体を提供した14両を除く39両全てが、昇圧で廃車されました。
f:id:himetaka2018:20220912163210j:imageこちらは二代目1800系1801F編成による私市行です。
この二代目1800系は、昇圧に対応するために上述の二代目600系の車体と初代1800系の機器を使って製作したものです。
このうち制御電動車の1800形には1650形の車体を流用した二代目600系630形を使ったため、先頭車はシルヘッダー付きで中間車はノーシルノーヘッダーの編成になっています。
外観上は、前照灯がシールドビーム2灯式に変更、妻面の貫通扉には行先表示器・種別表示器を設置、車掌台側の妻窓は2段上昇式のサッシ窓からHゴム支持による固定窓へ変更されています。
最後まで残った非冷房車でしたが、1989年2月までに6000系に置き換えられて消滅しました。
f:id:himetaka2018:20220912164611j:image萱島駅付近まで行って撮影した複々線の風景、粘って4列車走行シーンを撮りました。
f:id:himetaka2018:20220912171453j:image三条に戻る途中の中書島宇治線2600系2627Fの2814号機を撮りました。
この編成は2002年4月22日に廃車されました。
f:id:himetaka2018:20220913150924j:image同じく6000系も撮影しています。
これまでの京阪電車のイメージを覆すデザインです。
f:id:himetaka2018:20220912171740j:image地上線だった頃の七条付近、遠くに七条大橋七条駅が見えます。
f:id:himetaka2018:20220913170605j:imageこの辺りから鴨川沿いに三条まで走ります(右手に見えるのは塩小路橋)。
新旧の特急車両がすれ違っています。
f:id:himetaka2018:20220912171728j:image特急車両の初代3000系による淀屋橋発三条行の特急で、第一編成です。
本数が少なかったのか好きでなかったのか分かりませんが、初代3000系の写真は殆どありません。
f:id:himetaka2018:20220912171725j:image地上駅時代の五条駅五条通りですが、写真の淀屋橋行きホームは1年前の1982年10月23日に五条通り北側から移設されたものです。
この3年半後の1987年5月24日に地下駅化され、さらにその1年後の1988年5月10日には線路跡に川端通が開通して地上線は跡形もなく無くなってしまいました。
f:id:himetaka2018:20220913170716j:imageその五条駅に到着する淀屋橋行き2600系普通電車で、手前の三条行きホーム側に「清水寺 1400M」の案内板が見えます。
この踏切の警報機は最後まで機械式だったので、カンカンと乾いた音(ファンファンと言う電子音ではない)がした上、鳴り終わりはだんだん低音になってヘニャっと終わっていました。
f:id:himetaka2018:20220908124738j:image地上駅だった頃の三条駅4番線に入線する宇治発の1300系1309号機、戦後直ぐに両運として製造された1300系も、この12月の昇圧で廃車されました。
写真左に写っているのは2600系2839号、ホームの突き当たりにある窓の向こうに見えるのは鴨川です。
f:id:himetaka2018:20220908124817j:imageそもそも三条駅は鴨川と大和大路の狭い間に設置されたこともあり、京阪本線のホームは鴨川と琵琶湖疎水を隔てる堤防上に設けられ、この4番ホームは鴨川の河川敷内に張り出すように作られていました。
f:id:himetaka2018:20220913092414j:image同じく4番線に入線する宇治発の二代目1800系1803号機です。
f:id:himetaka2018:20220913092742j:image理由は分かりませんが撮影場所は4番線に固定していたようで、出発して行く宇治行の二代目600系621号機です。
f:id:himetaka2018:20220913154729j:imageこの頃の三条駅舎はこの年(1983年)の1月29日に高山彦九郎像を移設して建てた仮駅舎になっていました。
この時は改札内京津線ホームもありましたが、1987年の地下化の際に京津線の停留場は京津三条駅として分離されました。
なおパソコンで見たら写真が暗かったので、何枚かは強制的に明るくしてみました。

以上

原信太郎鉄道模型博物館

f:id:himetaka2018:20220729211352j:image先日みなとみらいへ出張した際に寄ってきました。
f:id:himetaka2018:20220729211530j:image横浜駅東口の横浜三井ビルディング2Fにあります。
これまでに3回訪問してきましたが、退職すると横浜に来る用事がなくなるため多分今回が人生最期の訪問になると思って根性入れて見てきました。
f:id:himetaka2018:20220729211737j:imageエントランスの奥に入口があります。
コロナ前はこの上の受付で入場券を買ったのですが、今はネットで予約してこのエスカレーター隣のファミマで発券してから入場します。
f:id:himetaka2018:20220819155151j:image信太郎氏が小学生の時に、ボディは家の屋根板の余りで、パンタグラフは針金を半田付けして作った電気機関車です、素晴らしい!
f:id:himetaka2018:20220819154158j:image中高生時代になるとリベットを打ち出し、可動する板バネを切れっ端から作成していたそうです、凄い!!
f:id:himetaka2018:20220819160120j:imageまた11歳の時に出来たばかりの「超特急 燕」に一人で乗ったそうです。
実家は裕福で自由な家庭だったみたいですね。
なお博物館に掲示されていたこの写真は、展望車が連結されているので信太郎氏が乗車された翌年以降の姿です(当初の最後尾は一等寝台緩急車)。
f:id:himetaka2018:20220819160819j:image小学生の頃におばあちゃんに買ってもらったライオネル社の電動式鉄道模型、今の価格にしてナント500万円❗️❗️
買っちゃった方も勿論スゴいですが、「買って」と言う根性とかつその価値を後世に残すだけの活動をされたのは凄すぎてもはや言葉もありません。
f:id:himetaka2018:20220826164950j:imageこちらはヴッパータールの懸垂電車模型で1980年代に国際電話を使って競り落としたそうですが、博物館が欲しがる程の逸品で、ライオネル製品といいホンモノを見る目とそれを手に入れるだけの資金と根性をお持ちだったんですね。
f:id:himetaka2018:20220729212830j:image名物のシャングリ・ラ鉄道です。
1番スケールのレイアウトなので、Nゲージのレイアウトも置く場所がない身としては羨ましい限りです。
まぁ私の場合はもし場所があっても完成まで持っていくことは出来ませんが。
f:id:himetaka2018:20220805144005j:image十周年記念号とかでD51が走っていました(もう10年なんですね)。
アスターホビーのライブ以外で1番サイズのD51を見たのは初めてです。
大半が海外の車両ですが、車体が上下左右にユラユラと揺れる姿やパンタグラフが架線を追従する姿はとっても実感的で、いつまで見ていても飽きないです。
f:id:himetaka2018:20220805145726j:imageただ素晴らしい造詣と機構を持つ車両が並ぶ中で以前から気になっていたこのキューロク、2号機(9601)にもかかわらず乙キャブになっています。
f:id:himetaka2018:20220809122906j:image1913年度製の18両(9600-9617)はSキャブ+2軸テンダーの準国産品で、後年にテンダーは振り返られましたがSキャブは事故でもない限り廃車されるまでそのままでしたし、ましてやこの2号機は1938年に中国に送り込まれているので乙キャブ改造はあり得ません。
f:id:himetaka2018:20220809171023j:image9618以降は乙キャブ+3軸テンダーで純国産品になりました。
f:id:himetaka2018:20220822181633j:imageさて鉄道ファン1971年3月号によると、1971年11月27日に鉄道100年の記念映画「蒸気機関車ーその百年」用として乙キャブの9646号機を9600号機に復元して横浜赤レンガ倉庫を走行しており、リンク式連結器とバッファを装備した他、コンプレッサーを単式に、安全弁や汽笛を旧式に交換、ATSや発電機・前照灯を撤去して大正時代の姿にしたものの、流石にキャブとテンダーの形状はそのままでした。
これを見た大半の方はキューロクは最初からこの姿と思ったことでしょうし、作品の9601もリンク式連結器とバッファを装備した前照灯のない姿で作られているため、もしかしたらこの模型の作者(たぶん信太郎氏ではない?)もそうだったのかも…個人の感想です。
そうゆうと梅小路(京都鉄道博物館)のハチロク(8630)もなぜか乙キャブですね〜
f:id:himetaka2018:20220802162125j:image昼メシ抜きで見学していたので、見終わった後に1階にある海鮮茶屋せんざん本店で天ぷら蕎麦をいただきました。
麺大盛りで税込1,000円、この付近の価格帯はわかりませんが意外と安いと思いました。
f:id:himetaka2018:20220805134014j:image帰りに同じビルの一階にある天賞堂みなとみらい店に寄りました。
今や凋落した銀座店よりこっちの方が品揃えが多い、とかいう噂を聞いたことがあります(あくまでも噂です)。
16番がメインなので特に買うものもなく、いいなぁと思いつつ見てるだけ〜で早々に引き上げました(横浜駅を挟んで反対側にあるMODELS IMONにも行かなあかんし)。

以上

京阪電車のプレミアムカーに乗ってみた

f:id:himetaka2018:20220904183203j:image大阪天満橋で「公式長編記録映画 日本万国博」の上映会があったので参加してきました。
その名の通り大阪万博(EXPO70)の記録映画で1971年4月3日に公開された173分の超大作で、当時中学1年生だったので部分的に覚えているところがあり結構懐かしかったです。
f:id:himetaka2018:20220904183643j:imageで会場への交通手段は、行きは時間優先でJR湖西線直通の新快速〜Osaka Metro谷町線を使いましたが、時間に余裕のある帰りは京阪電車を利用しました。
f:id:himetaka2018:20220905020126j:imageもちろん三条まで行くので特急に乗車し、確か特急用8000系にはダブルデッカーが連結されている筈…と思ってネットで調べてみると、ダブルデッカーは自由席なので人気のある二階席は日曜日の夕刻の枚方方面行き途中駅からの乗車では絶対無理!との意見が多数だったので諦めました(実際に満席でした)。
f:id:himetaka2018:20220905015542j:imageこの時に有料着席サービスのプレミアムカーなるものが連結されている事を知り、早速改札で聞いて切符を購入しました。
f:id:himetaka2018:20220905015907j:image私の京阪電車の知識は昇圧後の1984年以降は余りアップデートされておらず、このプレミアムカーも鉄道ファン誌で紹介されていたなぁ程度の認識しか持っていませんでした。
f:id:himetaka2018:20220904175521j:image出入口は一箇所で、アテンダントが出迎え・見送りしてくれます。
f:id:himetaka2018:20220905144718j:image車内は1+2の3列シートで前後も広いので座席もしっかりリクライニングしますし、座席毎にテーブルやコンセント・ドリンクホルダーが付き、FREE WI-Fiも設置されています。
同じ価格(500円)だった自由席時代のJR西日本Aシートとは全く比較にならない豪華な設備で、残念なのは乗車時間が短い(始発ー終点で54分)ことくらいです。
f:id:himetaka2018:20220905152642j:imageこのJR西日本のAシート、私が乗車した時は席待ちが多数出るなどかなり好評だったんですが、商売がクソ下手なJR西日本はその場で座れるから好評な自由席をやめ、ネットによる事前予約のみに変更し価格も840円に値上げしてしまいました。
これで乗車率が悪いと言われてもね…
f:id:himetaka2018:20220905144656j:imageただ私が座った先は、席の横の窓いっぱいに太い柱があってほぼ視界ゼロでした。
え〜プレミアムカーって椅子と窓間隔が合ってない改造車??
f:id:himetaka2018:20220905142000j:image後から知ったのですが、京阪電車のHPに座席のご案内として「座席と窓柱の位置関係、テーブルの仕様についてはこちらの図面をご確認ください」として図が記載されていました。
これで見ると12Cは、車窓を楽しむには最悪の席ということがわかります。
席を指定して切符を購入するのですが、知識がないとこんな結果になるんですね😢
f:id:himetaka2018:20220905144940j:image次回は始発駅で並んでダブルデッカーの2階席に座りたいと思います。
f:id:himetaka2018:20220905145209j:imageまた、昇圧前のBトレ京阪電車が少しあるので組み立ててみます。

以上

 

京阪電車 京津線の車両④ 80形のパンタグラフ

f:id:himetaka2018:20220829030324j:imageパンタグラフを金属製に交換しようとしてドツボにハマっている京阪京津線80形の続きてす。
f:id:himetaka2018:20220821225610j:image取り敢えず残っている台座を瞬間接着剤で止めます。
f:id:himetaka2018:20220821225717j:image使ったのは低粘度のもので、極細ノズルを併用してはみ出しを少なくしましたが、とっても粘度が低いのでテッシュペーパーをすり抜け手に付着して往生しました。
f:id:himetaka2018:20220822015515j:image次に取れてしまった台座をピンバイスで位置決めしながら再度ボンドGクリヤーで貼り付け、動かなくなったら瞬間接着剤で固めた後にパンタグラフを差し込んで根元まで入ることを確認します。
f:id:himetaka2018:20220821234942j:imageもう一枚の屋根板は取付け穴がズレてしまったため、ポール仕様車を作って余っていたパンタ屋根を使って一からやり直します。
f:id:himetaka2018:20220822000455j:image前回と同じく台座のモールドを削り取った後、ボンドGクリヤーで台座をテキトーに屋根板に貼り付け、パンタグラフを挿して位置を決めます。
思えば前回もここまでは順調でしたね…
f:id:himetaka2018:20220822001617j:imageある程度固まったらはみ出た接着剤を爪楊枝で除去します。
f:id:himetaka2018:20220822002246j:imageここで前回取付け穴がズレた原因になったパンタグラフ取付け足の歪みを修正します。
f:id:himetaka2018:20220822003644j:imageまた前回はこのまま屋根板に穴を開けようとして失敗こいたため、台座を瞬間接着剤でしっかり止めてから穴を開けてみることにしました。
f:id:himetaka2018:20220822004304j:image今度は上手くいきました。
かなりの時間を費やして、ゴム系接着剤は便利だが接着力がかなり劣ることを学習しました。
f:id:himetaka2018:20220822134603j:image屋根板を中性洗剤で洗ってからミッチャクロンマルチを軽く吹き、GM鉄道カラー 9ねずみ色1号で塗装しました。
f:id:himetaka2018:20220822175530j:image乾燥したら車体に取付け、シールと方向板を貼ります。
f:id:himetaka2018:20220829021244j:image以前に撮影した車両に合わせて、81-82編成の準急浜大津行にしました。
また、この車両はあまり人気がないのか送料込みで定価の7割で出ていたこともあって、調子に乗ってもう一編成追加しました。
f:id:himetaka2018:20220829021443j:imageこちらは四宮折返しの87-88編成にしました。
f:id:himetaka2018:20220829023307j:imageポール仕様の車両と同じくジオマトリックス・デザイナーズ・インクのシールとエッチング板を使いました。
f:id:himetaka2018:20220829023100j:imageボンドGクリヤーで貼り付け、はみ出た接着剤をピンセット(爪楊枝では必要な接着剤まで取ってしまう)で除去したら完成です。
f:id:himetaka2018:20220829030350j:imageKATOユニトラムに乗せて撮影しました。
はぁ〜長かったなぁ…

以上

京阪電車 京津線の車両③ パンタグラフの金属化

これまで京阪大津線の車両整備の一環でパンタグラフの金属化を行ってきました。
f:id:himetaka2018:20220809021801j:image600形と700形に使ったグリーンマックス製PT42Nと60型用のKATO製PS14は取付方法がBトレ互換だったためそのまま交換しましたが、碍子部取付けのため苦戦していた80型と800系を加工しました。

【800系】
f:id:himetaka2018:20220805110150j:image実車に近いGM5808PT71Bを取付けましたが、いい加減に開けた取付穴に無理矢理押し込んだら不必要な応力がかかって折れちゃいました。
f:id:himetaka2018:20220805110347j:imageどうすべぇ〜と思案していたところにジャストなタイミングで800系のジャンク品を見つけ、即買い!
この中間車屋根板を使って再挑戦します。
f:id:himetaka2018:20220806143031j:imageところでこのジャンク品、側面前の塗分が変で車幅灯も付いていぃひんなぁと思っていました。
f:id:himetaka2018:20220806143151j:imageさらに正面パーツの構成もかなり違ってるし…と思って調べてみました。
で、Bトレwiki様の情報によると2005年6月4日にスルッとKANSAI限定販売されたものはアチコチに間違いがあり、2013年3月14日に一般販売された時に新規設計による完全リニューアル品になったとのことです、えっ!?
f:id:himetaka2018:20220806180215j:imageひょっとして金型が違う?と思って屋根板の裏側を確認すると各部の寸法がちょっとずつ違う…
f:id:himetaka2018:20220806175347j:image車幅からして違うやん、ということは新旧の車体に互換性がない!ということを認識しました。
あ〜やってしまいました😞
旧製品の屋根板だけ交換して再生する計画かパァになりました。
ちゃんと確認すべきでしたねぇ😢英世さんが硬貨を数枚連れて財布から出て行かれました…

フリダシニ戻ル

気を取り直して、穴だらけになっている屋根板を使って正しい穴を開ける方法を考えることにしました。
f:id:himetaka2018:20220805110842j:imageパンタグラフは2個ともバラバラになってしまったので、2個目のPT71Bを用意します。
田舎ではパーツの入手に時間がかかるので、余分に買っておいてよかったです。
f:id:himetaka2018:20220805111401j:imageなお1個目のパンタグラフは壊れたわけではないですが、不器用な私が歪む拡大鏡を使ってコレを再組み立てするのは時間の無駄にしかならないので諦めます(菱形パンタなら簡単に修復できるんですが)。
f:id:himetaka2018:20220805112401j:image前回失敗したのは、パンタグラフ取付け分が凹んでいて屋根板とジグの隙間が大きくなり、ピンバイスを垂直に立てられなかったため取付け穴が歪んでしまったと思われます。
f:id:himetaka2018:20220805123459j:imageそこでジグと屋根板をピッタリとくっつけるために凹凸のない屋根板裏面を使うことにします。
f:id:himetaka2018:20220806205019j:imageジグをあててみると、ガラスパーツ取付穴に当たることとジグ両側の足が高過ぎることがわかりました。
f:id:himetaka2018:20220806205056j:imageジグ両側の足をニッパーで半分ほどの高さに切り、片側の長さを少しだけ切り飛ばして縮めます。
f:id:himetaka2018:20220806205339j:imageこれで屋根板とジグがピッタリとひっつきました。
さらにガタつきを抑えるためにマスキングテープで固定してからピンバイスで穴を開け直し、表の切屑を処理してからパンタグラフを押し込みます。
f:id:himetaka2018:20220806213938j:image今回はさほど無理もせずに挿入出来たのですが、パンタグラフを持ち上げると上側のアームが水平に近い状態になったので修正を…ピン!!
f:id:himetaka2018:20220806235937j:image慌ててピンセットと拡大鏡で直そうと奮闘するも状態は悪化の一途を辿りバラバラになってしまいました(精密ドライバは撮影の補助用です)。
f:id:himetaka2018:20220807000140j:imageで、今回の作業で都合3個のPT71Bがこの状態に…シングルアームパンタグラフって死ぬ程壊れやすいって事を実感しました。
f:id:himetaka2018:20220808192459j:image私の腕では無理だという事がよ〜くわかったので、Bトレ用の取付足が付いているKATO製の11-421シングルアームパンタグラフ(ダブルホーン)を使用します。
f:id:himetaka2018:20220808192642j:image取付足が枕木方向で製品に開いている取付穴が小さいため、φ1.0mmのドリルで拡大してやると簡単に差し込めます。
f:id:himetaka2018:20220809021857j:image形状はかなり異なりますがとっても良い雰囲気になったので、多数の不要な穴は見ないことにして完成とします。
最初からコレにしとけば良かったです。

【80型】
碍子部取付にもかかわらず金属製パンタグラフとは取付け寸法が異なっていたため、そのままでは取り付けが出来ませんでした。
f:id:himetaka2018:20220802143655j:image屋根板にモールドされている巨大なパンタ台座を車体切断用のニッパーで切り飛ばし、周囲にマスキングテープを何重にも巻いて養生してカッターナイフで残った部分を切り取ります。
f:id:himetaka2018:20220807031057j:image次にパンタグラフ取付け穴にタミヤ光硬化パテを塗り、ブラックライトで硬化させてからスティックヤスリで削り取ります。
f:id:himetaka2018:20220807105037j:image最後はタミヤ・フィニッシングペーパーの600/1000/1200番で磨きます。
f:id:himetaka2018:20220802164222j:image台座パーツは、屋根のカーブが似ていると思われる113系用の台座を使いました。
f:id:himetaka2018:20220807155451j:image説明書通りにφ0.7mmとφ0.8mmの穴を開け、カッターナイフでパーツを切断します。
f:id:himetaka2018:20220807163009j:image使用するパンタグラフTomixの0250 PT-4212-Sです。
f:id:himetaka2018:20220807193450j:imageゴム系接着剤を台座に塗っておおよその位置に置き、5分ほど待ってパンタグラフを差し込んで位置合わせをします。
f:id:himetaka2018:20220807193615j:imageさらに5分ほどおいてからパンタグラフを抜き、はみ出ている接着剤をピンセットで取り去ります。
f:id:himetaka2018:20220807202322j:imageこれで加工は終わりですが、パンタグラフの足が非冷房車並みに長くなっています。
f:id:himetaka2018:20220807202608j:image鉄道コレクションの80型を見ると、碍子部分まで入っています(こちらはPG16で碍子部が分厚いのでよくわかる)。
f:id:himetaka2018:20220808140619j:imageで、φ0.7mmのドリルで取付け穴を貫通…
f:id:himetaka2018:20220808140632j:imageゲッ!台座が一緒に回る💢取れちゃいました😢
パーツが小さ過ぎて接着面積が足りないのか、そもそもゴム系接着剤に接着力がないのかわかりませんが、取り敢えずもう一度接着します。
f:id:himetaka2018:20220809023309j:image接着剤が乾いてからパンタグラフを差し込んでみましたが、再接着の際にズレたようで足を矯正しないとハマりません。
ピンセットで強制的に足を差し込んでいると…台座がポロっ👊
思わず屋根板を床にきつけそうになりました😤

続きます。

京阪電車 京津線の車両② トロリー時代の車両

前回は昇圧直前に京津線石坂線で活躍した車両達を整備しましたが、80型のNゲージパンタグラフと製品の台座がズレているという問題が発生して挫折しました。
f:id:himetaka2018:20220801183441j:image今回はこの80型のパンタグラフ取り付け改造の合間に、京津線石坂線がトロリーだった時代の60型・80型を整備しました。
また以前に整備した1500V昇圧後の800系も、金属パンタグラフへの交換に挑戦しました。

【80型】
f:id:himetaka2018:20220801002427j:image2015年10月24日に京阪電車でのみ発売された2輌セットは、1箱で後期「冷房改造後」x2輌または初期「ポール集電・両運転台」x1両が再現できますが、2箱使うと冷房改造車で余った両運の前面・ポール用屋根・集電ポールパーツを流用して各々2両ずつの製作が可能です。
f:id:himetaka2018:20220802002020j:imageパンタグラフで難儀している冷房改造車は置いといて、ポール集電車を組立てます。
f:id:himetaka2018:20220801002644j:image説明書には「車両番号の車側表示灯は線対称の位置にあります」と記載されていますが、車両番号はどちらの側から見ても車両右側にあるので「点対称」が正しい表現かと思われます。
f:id:himetaka2018:20220801125705j:imageまた説明書の行先方向板は把手が付いているのにシールにはその表現がなかったので、京阪大津線用としては唯一ジオマトリックス・デザイナーズ・インクから発売されている「K801 / K802 京阪行先標・副標・行先表示 -大津線-」を使いました。
f:id:himetaka2018:20220801002148j:imageこのパーツセットにはシールの他にエッチング板の方向板ベースが付いているので、先ず車体に角型のエッチング板をゴム系接着剤で取付け、そのベースの上に「京都三条浜大津」と「京都三条・四宮」のシールを貼り付けます。
ただこのシール、製品付属品よりも厚手でカットし難く斜めに切ると断面が見えるという難点があるので注意が必要です。
f:id:himetaka2018:20220801140948j:imageこれで完了です。

次に、パンタグラフを金属化しようとして取付穴が合わない!パンタグラフ台座のサイズが違う!で大騒ぎした80型冷房改造車の進捗です。
f:id:himetaka2018:20220730123623j:image先ず台座のサイズが正しいのかを鉄道コレクションスケールモデルと比較します…え〜!全然違うやん。
f:id:himetaka2018:20220802014239j:imageブロックパーツと屋根板を止めるピンがちょうどパンタグラフの下にあるという車体の構造から、パンタグラフ取付け用の穴を開ける事が出来ずに碍子部取付けにしたために、プラ成型の太い取付け足用に台座をバカでっかくせざるを得なかったようです。
f:id:himetaka2018:20220802020325j:imageまた80型のパンタグラフはPT42系のはずですが、付属しているのは全く違う形状な上に屋根からかなり浮いた構造になっています。
f:id:himetaka2018:20220802131221j:image確かに非冷房時代は屋根が低かったためにパンタグラフ取付け足が異様に長かったのですが、冷房改造されて屋根が高くなって普通の形状に戻されています。
なんでこんな形にしたんやろ…謎です。
f:id:himetaka2018:20220730124157j:imageさらにBトレは車幅が固定なので小型車両ほどオーバースケールになってしまう傾向にありますが、さすがにここまで違うとちょっと酷過ぎますね。
f:id:himetaka2018:20220802014656j:imageそこでパンタグラフ台座には一般的なコレを使って正しい大きさに変更します。
今後は「製品の台座を削り取る→パテで穴埋め→台座パーツを貼り付け」の手順で進めます。

【60型】
f:id:himetaka2018:20220801230040j:image日本で初めて連接構造を採用し、また1930年代の世界的なブームに乗っていち早く流線形車体を用いたことで、日本の鉄道史に足跡を残した車両であり「びわこ号」の愛称を持ち車体側面に愛称銘板が取り付けられています。
本車両は、大阪から京阪本線京津線を直通運転する琵琶湖連絡列車用に作られ、高速電気鉄道の京阪本線路面電車規格のうえ建築限界が明治期の開業時のままの京津線を直通運転するための工夫が盛り込まれています。
特に、蹴上-九条山間には66.7 ‰の急勾配が、大谷-上栄町間には半径40mの急カーブが存在し、東山三条・蹴上・日ノ岡の各駅は路面ホームという特殊な条件の京津線に合わせた構造にしたため、京阪本線では速度が追いつかなかったので特急扱いにして停車駅を減らして対応したらしいです。
f:id:himetaka2018:20220727220922j:image製品は登場時と晩年時代の2種類4輌セットで、単なる塗装変更ではなくキチンと作り分けられています。
f:id:himetaka2018:20220801173038j:image先ず晩年時から整備していきます。
f:id:himetaka2018:20220727221324j:image四宮車庫に転出した後の晩年の姿(写真の白字部分)が再現されていますが、何故かポールはダブルのままです(片側はレトリーバーがないので畳めないハズ)。
f:id:himetaka2018:20220727221520j:image行先方向板は昔ながらの向き(「大津⇔大阪」と「大阪⇔大津」)があるタイプですが、四宮に移ってからは京津線の運用が中心になっていた(特に四宮車庫火災事故後は京津線が走行可能な数少ない大型車として大車輪の活躍をしたとあっちこっちに記載あり)ので本線との通しの標記はちょっと違和感があります。
と思いながらも深く考えるとロクなことはないのでやめにし、説明書に記載されている編成の方向を確認しました…あれっ?方向板の標記が逆!
どこかの時代に方向転換したのかと思いネットで調べてみると、幸いなことにこの時代の写真は結構アップされていました。
f:id:himetaka2018:20220728002522j:image全然違うやん!方向転換どころの騒ぎではありませんでした。
f:id:himetaka2018:20220801173710j:image製品についているシールは位置や数を変更して対応することができますが、付属していない前面種別板は80型ポール仕様で利用したジオマトリックスエッチング板とシールを使用します。
f:id:himetaka2018:20220801173915j:imageモールドされている引っ掛け部を削り取ってから円型エッチング板を車体に取付け、そこへ「急行 浜大津」を貼りつけます。
側面の大きな広告は、適当なものを野立て看板や壁貼り看板のシールから探すつもりでしたが、取付後の姿があんまり格好良くないので付けるかどうか思案中です。
またシングルになった後のポールの写真がいくら探しても出てこなかったため、テキトーに切り飛ばしてワヤになったら困るのでこちらも保留です。
f:id:himetaka2018:20220731024021j:image次に登場時ですが、こちらは殆ど写真が残っていないために保存機を正として考えることにして、ネットにアップされている写真の内容から側面の行先方向板と社紋を向かって左側の車両にのみに修正しました。
f:id:himetaka2018:20220731022242j:imageパンタグラフ実車とは少し形状が異なりますが、両車共通でKATOの11-401 PS14を付けています。
どっちの車両とも取付け穴がグスグスなので、抜けない工夫をするのは難しいので、接着してしまうつもりです。
f:id:himetaka2018:20220731023845j:image号車は61号機としましたが特に意味はありません。
【800系】
f:id:himetaka2018:20220728084153j:image京津線の昇圧および京都市営地下鉄東西線への直通運転開始にあわせて導入された車両で、京津線の急勾配・急カーブ対策と京都市営地下鉄東西線内で運用するためのATO装置の搭載など多彩な機能を備えています。
f:id:himetaka2018:20220728090336j:image登場時はパステルブルーと灰白の車体色に苅安色の帯を巻いていましたが、2017年から2020年にかけて新塗装に変更されました。
またCIマークも旧マークで登場し、2008年4月から新マークに変更されています。
前に登場時の姿を整備しました。
f:id:himetaka2018:20191230003446j:imageこの時は、展示用なので製品に付属している畳んだ状態のパンタグラフを付けていましたが、GMから類似のPT71B(実車はPT-7201)が発売されている事を知ったので交換しました。
f:id:himetaka2018:20220730052734j:imageAmazonで買ったらこんな状態で届きましたが、幸いにも製品自体に問題はありませんでした。
f:id:himetaka2018:20191230002932j:imageBトレ用の製品ではないので取付部の位置が違うため、孔を開け直す必要があります。
f:id:himetaka2018:20220801015104j:image親切な事に取付け穴開け用のガイドが付属しており、このガイドを屋根板のパンタ取付け用二穴に差し込み、ガイドにある4つの穴にφ0.6mmの孔を開けます。
f:id:himetaka2018:20220801015423j:image800系の屋根はパンタ部分のみ凹んでいるので引っ掛かりが少なくしっかりと押さえていないとズレてしまうので、マスキングテープでしっかりと固定しました。
f:id:himetaka2018:20220801235910j:imageまた車体のまま穴を開けるとピンバイスを直角に立てる自信がなかったので、一旦分解して屋根板を外して穴を開けました。
f:id:himetaka2018:20220802000651j:imageアレレ?穴が無茶苦茶ですね。
それでも無理矢理押し込んだら入りました。
f:id:himetaka2018:20220801235854j:imageやっぱりパンタグラフは上がっている方が見栄えがする…と悦に入っているとパキッという音と共に何かが飛んでいきました。
f:id:himetaka2018:20220802001353j:imageえ〜!?ナニコレ!
どうも元々やわいシングルアームパンタグラフ本体をキチキチの状態で根元まで押し込んだため、機構部に応力がかかって壊れたようです(T_T)
どないしょ〜
しょうもない事せなんだら良かった…

続きます。

京阪電車 京津線の車両① 昇圧前夜

京阪電車の車両を数編成購入していたので組み立てました。

f:id:himetaka2018:20220726014946j:image今回は1997年10月12日に昇圧・京都市営地下鉄東西線への直通運転開始される以前の京津線で活躍した車両達です。
f:id:himetaka2018:20220726014957j:imageなお京阪電車では1986年に型→形に変更したので、1986年以降も製造された車両は「形」標記にしています。
f:id:himetaka2018:20220722094523j:image1983年頃に京津線石山坂本線で撮影していますが、80型以外は600形・700形に改造前の姿で、80型も冷房改造されていません(上の写真は三条通りで東山駅から山科方を向いて撮影したと思われます)。
f:id:himetaka2018:20220720003339j:image蹴上を通過する準急三条(1987年4月1日に京津三条に改称、1997年10月12日廃止)行の260型277+278編成で、1986年4月22日に600形2次車の609+610に改造されました。
画面右端から専用軌道に入り、大日山を越えるために66.7‰の最急勾配が始まります。
f:id:himetaka2018:20220720004421j:image九条山から66.7‰の急坂を下ってくる260型275+256編成で、1986年7月に600形2次車の611+612に改造されました。
f:id:himetaka2018:20220720102942j:imageちなみに九条山駅は地下鉄化時に唯一代替駅が設置されず、民事訴訟に発展するも住民側が敗訴してバスに転換されました。
f:id:himetaka2018:20220720011409j:image京阪山科駅に進入する準急三条行の500型503+504編成で、1993年2月に700形の707+708に改造されました。
f:id:himetaka2018:20220720013317j:image浜大津駅(2018年3月17日にびわ湖浜大津駅に改称)を出発する坂本(2018年3月17日に坂本比叡山口に改称)行の300型301+302編成で、1984年10月に600形1次車の607+608に改造されました。
写真左右方向が国道161号線(2018年4月1日に滋賀県に移管されて県道558号線に編入)で、手前に見えるのが京津線の線路、車両の向こう側辺りに1981年4月12日に廃止された旧京津線浜大津駅がありました。
f:id:himetaka2018:20220720013458j:image別所駅(2018年3月17日に大津市役所前駅に改称)に進入する坂本行の300型307+308編成で、1984年4月に最初の600形である601+602に改造されました。
左手に見える建物が1967年3月6日に竣工した大津市役所です。
f:id:himetaka2018:20220722134053j:image蹴上駅を通過していく準急浜大津行の80型ファーストナンバー81+82編成ですが、1983年当時にも80型による準急運用があった事を39年間気がつきませんでした(乗客が準急/普通を車体色で判別したらしく、誤乗車が頻発したため極力準急運用には本形式を充当しなかった筈)。
f:id:himetaka2018:20220722134528j:image山から降りてきて蹴上駅に入ろうとする三条行の80型87+88編成。
画面左端のゼブラマークが蹴上駅の東端になります。
昨日(2022年7月25日)京都に行ったついでに、帰りに大回りして京阪山科駅びわ湖浜大津駅を見てきました。
f:id:himetaka2018:20220725190850j:image京阪山科駅に進入する太秦天神川行の800系809編成、駅はあまり変わっていないようですが背景に大きな建造物が多数建ちました。
f:id:himetaka2018:20220725215255j:imageびわ湖浜大津駅を出発する坂本比叡山口行の600形601+602で、上の同じ場所で撮影した車両の39年後の姿です。
f:id:himetaka2018:20220726123845j:image山科駅と同じく背景が激変しており、いずれの写真にも写っている幅の広い架線柱の右側に旧京津線浜大津駅があり、上の写真左手から左にカーブして入線していました。

【600形】
f:id:himetaka2018:20220719195555j:image大津線の高性能・冷房化を目的に、300型と260型の車体を改造して1988年までに2両編成x10本の計20両が製造され、1次車(601 - 608)には300型・2次車と3次車(609 - 620)には260型の車体が流用されました。
f:id:himetaka2018:20220724194003j:imageなおwiki等では1-4次に分類されていますが、ここではBトレの説明書と同じく妻板の形状で1次車(丸妻:601-608)・2次車( 張上:609-614)・3次車(切妻:615-620)に分類します。
営業開始は1984年4月からで当初は京津線の準急にも使用、1997年10月12日以降は石山坂本線でのみの運用になっています。

この600形は、以前に2015年8月6日発売の標準色+特急色2両セットを使って1次車を整備しています。
f:id:himetaka2018:20220724155644j:imageこの時パンタグラフにKATO製のPS16A(標準色)とPS16B(特急色)を使いましたが、その後グリーンマックスからPT42N(2次車)が発売されている事を知ったのでコレに交換します。
f:id:himetaka2018:20220703184413j:image今回は2012年11月8日発売の標準色(旧塗装)2両セットを使って2次車と3次車を整備しました。
f:id:himetaka2018:20220724200730j:image奇数車にはアンテナ付きの屋根板を使い、wikiに記載されている通りにアンテナ部の下を欠き取って前面を取り付けます。
f:id:himetaka2018:20220724193938j:image2次車は611+612で浜大津行、3次車は617+618の三条行として、奇数車と偶数車で行先を変えた1次車と違って編成で行先を統一し、1次車用のシールも使って側面の方向幕と標識灯(浜大津行の奇数車と三条行の偶数車に赤色)のシールを貼ります。
なお本製品は2015年版と違って標識灯が白色に塗装されていたため、白色のシールは使っていません。
なお奇数車は頑丈なアンテナが付いているので、パンタグラフに当たって曲がってしまいました。
またシンボルマークが新しくなったのは2008年なので、正面に旧Clマークと側面に社章を貼ります。
f:id:himetaka2018:20220704134951j:image説明書には北面の位置しか記載されていなかったのでネットで南面の写真を探していたところ、編成右側の社章の位置が説明書と異なっていることに気が付いたので修正しました。
f:id:himetaka2018:20220725180943j:image手前が2次車で向こう側が3次車です。
f:id:himetaka2018:20220726011138j:imageこの社章位置は1次車も修正しましたが、ついでに奇数車と偶数車で違っていた方向幕を坂本行に統一して側面にも貼り付け、偶数車の標識灯を赤色に変更しました。

【700形】
f:id:himetaka2018:20220719130701j:image昇圧に備えた最新機器を備えた複電圧車として、350型と500型の車体を改造して1993年5月までに2両編成x5本の計10両が製造されました。
営業開始は1992年5月1日からで当初は京津線の準急にも使用、600形と同様に1997年10月12日以降は石山坂本線でのみの運用になっています。
f:id:himetaka2018:20220719130343j:image製品は2015年11月5日発売の標準色(旧塗装)で、前面パーツ以外は600形3次車と共通となっていて、600形と違って選択パーツがなく、余剰パーツはひとつも出ません。
f:id:himetaka2018:20220725022535j:image車番は703+704の石山寺行とし、パンタグラフはGM5803 PT42Nを使い、旧CIマークを前面・社章を側面に貼り付けます。
こちらも編成で行先を統一し、奇数車は赤色・偶数車は白色の標識灯を、側面の方向幕も600形の余剰シールを利用して貼り付けます。
f:id:himetaka2018:20220724201335j:imageこの700形では社章の取付位置が正しく修正されており、最初から奇数車のアンテナ部も欠き取られています。

【80型】
f:id:himetaka2018:20220719162352j:image1961年8月より1970年10月までに京津線の各駅停車用として、81-93の13両が両運転台式、94-96の3両が片運転台式の計16両が製造されました。
当初はポール集電車として製造されたが1970年8月23日にパンタグラフへ変更、また1970年7月から1972年1月にかけて両運転台車である81-93の片運転台化を実施、続いて前面中央窓をHゴム固定支持に改造し偶数車のパンタグラフを運転台寄りに移設、1981年4月の浜大津駅統合に伴って方向転換を実施しています。
その後標識灯部分の小改造・客用扉の交換・ワイパーの電動化を経て1989年より冷房化改造工事が開始され、それに伴って前面右側窓上に「K」を象ったエンブレムを取り付けて車番を左側窓上に移しました。
1997年10月12日の昇圧・京都市営地下鉄東西線乗入れで用途がなくなり全車廃車されました。
f:id:himetaka2018:20220719191218j:image製品は2015年10月24日に京阪電車でのみ発売された後期冷房改造車の2両セットで、京阪電車の通販で入手しました。
f:id:himetaka2018:20220724005931j:image連結側が丸妻なので81-92の元両運タイプになります。
f:id:himetaka2018:20220724005447j:imageパンタグラフがBトレ方式ではなくNゲージで主流の脚部で取り付ける方式になっており、これなら簡単にTomix製0250 PT-4212-Sが取り付くと思いきやピッチが全く合わず、慌てて他メーカーのモノも入れて試しましたが全てNGでした。
なんでやねん!バンダイには「互換性」と言う概念がないんかい!
f:id:himetaka2018:20220726022052j:imageと嘆いていても仕方がないので、試しに余剰の屋根パーツを使ってパンタグラフ台座を削ってみました。
車体切断用のニッパーでちょん切ったあとデザインナイフで残った部分を削り取りますが、屋根板のカーブのお蔭か周りを傷つけることなく削除出来ました。
f:id:himetaka2018:20220726124730j:image削り取った跡に市販のパンタグラフ台座を再設置する目論見でしたが、大きさが全く違う!ことがわかり当てが外れてしまいました(80型の方が4倍以上大きい)。

簡単にはイカンのね…とっとと終わらせる筈が「続きます」になってしまいました。