ひめたか鉄道2018

会社を定年退職して嘱託になり時間ができたことと、会社行事で見たアニメの銀河鉄道に出てくる車両に触発されて、これまで時間に追われてほとんど出来なかった鉄道模型を、ちょっと真面目かつ気楽に再開することにしました。

飯田線の電機たち① ED19と小貨物列車

KATOからED19が発売されました。実車が全部で6両しかなかったにもかかわらず3両目の製品化です。f:id:himetaka2018:20210131023812j:image飯田線の初訪問は1983年2月なので、残念ながら実物のED19は見ていません。f:id:himetaka2018:20210130155400j:image東海道本線の東京~国府津間の電化に際して1926年にウエスティングハウス社から6両輸入された6010形が、1928年10月の車両形式称号規程の改正によりED53となり、1937年に開通した仙山線用に4両が貨物用に改造されED19に、残った2両も1941年に貨物用・ED19となり身延線で使用されました。1948年時点で1号機が西国立機関支区にいた他は豊橋機関区に在籍して飯田線で運用、1950年代後半には全機が伊那松島機関区に集結して飯田ー辰野間で活躍、1976年にED62に置き換えられて廃車されました。f:id:himetaka2018:20210130174737j:image作並機関区にいた4両はスノープロウを取付けるためにデッキのステップを改造しており、戦後の車体改修で5号機が全溶接構造の車体に更新、2号機は内部機器を含めた改修工事を受けて屋根上機器の配置が変更され、3-6号機は運転台前面の窓が隅にrがついた形態に更新、1-4号機の車体側面ルーバーが横並び型に変更されました。f:id:himetaka2018:20210130164211j:image2号機:「10-1184 ED19+タキ10600セメント輸送列車<明星セメント>6両セット」に含まれている製品です。前面窓は原形(大窓・窓枠有)、車体側面ルーバーは改装横形、標識灯は電車用のガイコツ形、パンタグラフはPS14で避雷器の位置がパンタグラフ寄りになっている事まで正しく再現されていますが、ガラベンの間隔が他の2両に比べてもうちょっと広いはずです。f:id:himetaka2018:20210130173632j:image4号機:「3078-2 ED19(省形ヨロイ戸)」で今回発売された製品です。前面窓は改装形(R付の小窓)、車体側面ルーバーは改装横形、標識灯はカンテラ形、パンタグラフはPS15で目立った特徴は全て再現されていますが、なぜか車体側面ナンバープレート下の銘板がありません。f:id:himetaka2018:20210130173645j:image6号機:「3078 ED19」で2号機のセットと同時に発売された製品です。前面窓は改装形(R付の小窓)、車体側面ルーバーは原形、標識灯はカンテラ形、パンタグラフはPS15で車体側面の銘板まで再現されています。残念な事にデッキのステップが改造後の姿です。f:id:himetaka2018:20210130174718j:imageED19は6両しかないくせに全車形状が異なるという鉄道模型的にはたいへん興味のある機関車で、金属キットならいざ知らず量産プラスチック製品でここまで違いを再現しているのは素晴らしいと感じました。KATOには飯田線フリークが在籍されるているんでしょうか?f:id:himetaka2018:20210130174759j:imageさて、製品はカプラーを付属のナックルに交換しただけです。何故かPS15パンタグラフを上げたときの形状がイマイチです。そのままでは上がり過ぎになるのでちょっと下げたいのですが、その位置では止まってくれません。f:id:himetaka2018:20210130181738j:imageまた3両とも特定番号機なのでナンバーは印刷にして欲しいですね。f:id:himetaka2018:20210131025433j:image機関車だけでは寂しいのでED19 2が入っていた「10-1184 ED19+タキ10600セメント輸送列車<明星セメント>6両セット」の貨車をカプラー交換して使います。f:id:himetaka2018:20210131025110j:imageカプラーは28-187 車間短縮ナックルカプラー黒(ボギー貨車用)を使います。ワフ29794は2軸ですが、これまでに交換して余っているスプリングをカプラーポケット内にセットしてこのカプラーを嵌め込みました。f:id:himetaka2018:20210131025502j:image車掌室側は付属のダミーカプラーに交換します。f:id:himetaka2018:20210131023251j:image車間短縮カプラーの威力は絶大で、今まで間延びしていた貨物列車がとっても実感的になりました。f:id:himetaka2018:20210131023308j:imageただ連結はいちいち車両を持ち上げてやる必要があり、ムチャクチャ手間がかかります。Nゲージ走行確認用の線路がないので、走った時にカプラーがどうなるかは不明です。ミテクレに惑わされて先走ってしまいましたが、これでカーブ曲がらんかったら戻さんといけません…

 

以上

 

1992年秋の肥薩線 吉松行普通列車

年末に「はやとの風」や「いさぶろう・しんぺい」「SL人吉」で旅行した肥薩線を紹介しましたが、それ以前の1980年から1993年9月の間にも4回ほど乗車しており、思い出のある列車のいくつかは模型でも再現していこうと考えています(写真は1983年10月に肥薩線中福良–表木山間で撮影した吉松発西鹿児島行の快速やたけ)。f:id:himetaka2018:20210110200907j:image最初は1992年9月5日に隼人から吉松まで乗った非冷房のキハ58系 2両編成です。9月初旬にもかかわらず暑い思いをして乗っていた記憶がないので、山の中を走るため結構涼しい風が入って快適だったのではないかと思っています。非冷房車で廃車が決まっていたためか、JR九州色には塗られていませんでした。f:id:himetaka2018:20201230174059j:image当初は30年くらい前に入手したKATOキハ58系用非冷房屋根板セットを使って、ムギ球・旧室内灯仕様のキハ58/28冷房車をナンチャッテ非冷房化していました。f:id:himetaka2018:20201230174156j:imageいずれも屋根板を非冷房用に交換して床下をグレー塗装し、旧室内灯(11-201)を装備しました。f:id:himetaka2018:20201230175104j:image妻板の冷房装置用配電盤も床下の4VK発電セットも装備されている2000番台の非冷房車です。f:id:himetaka2018:20201230160929j:image初期のKATO製10-169キハ56系タイプ2両セットを持っていたので、これの床下が使えないか検討もしています。この製品はキハ56/27といいながら窓の二重化や小型化はされていません。f:id:himetaka2018:20201230162004j:image屋根板は非冷房で、妻板も配電盤はなく窓が設置されている非冷房仕様ですが、残念ながら床板は流用されており冷房電源用発電セットがぶら下がっていました。f:id:himetaka2018:20210111135846j:imageその後KATOから発売された非冷房キハ58系「ざおう」のセットバラし品を見つけたため、これを使うことにしてこれらの旧製品改造車は1970年の急行「あしずり」に転用します。f:id:himetaka2018:20210111135818j:image新規に用意したのはキハ58のM車(写真右)とT車(写真左)で、もともと非冷房の車体なので改造する必要はありません。車番は590と603で所属も山形(秋カタ)ですが、これらを綺麗に消せるとは思えないのでそのままとします。T車はキハ28にするつもりでしたが、非点灯のキハ28にはライトユニットだけでなく導光部も付いていないことがわかったためです(点灯化するにはライトユニット付のキハ58を1台潰す必要がある)。f:id:himetaka2018:20210106225357j:image前面はT車M車共通で、運転台部分の照明ユニットを外して「急行」表記の前面種別方向幕を車内側から押し出して抜き白地に変更、シャッター式タイフォンも引き抜いて「Z06-1477 キハ58タイフォン(暖地用)」のスリットタイプに交換します。f:id:himetaka2018:20210108092126j:image前面種別方向幕に「普通」を、その両側に「架線注意」を貼ります。またT車のジャンパ栓はケーブル付にしてクリーム色のケーブルをエナメルのフラットブラックで塗装、M車はケーブルなしとしてホロを取付けます。f:id:himetaka2018:20210110022819j:imageノッペリ感を消すためにタイフォンと渡り板および車体側面の給水口にウェザリングブラックでスミ入れし、Tomixの98283国鉄キハ58系急行ディーゼルカー(由布)セットに付属していたJRマークとシルバーシートマークを転写しました。商標の関係からかJRマークの一般販売がなくなって久しい中、Tomixのキハ58系製品に付属されているのは嬉しい限りです(特にこのセットはJR九州の赤字)。なおシルバーシートマークは運転席を左側にした側面のみです。f:id:himetaka2018:20210110020804j:imageこのJRマークの位置がクセモノで、危うく間違えてとっても貴重なJRマークインレタをパァにするところでした。通常のマークは白色で、キハ58/28/65共通で運転席を右にして運転席側の客扉から3つ目(1つは戸袋窓)の窓の下に、運転席を左にした場合は連結面の客扉から3つ目(1つは戸袋窓)の窓下に入っています。ところがJR九州だけ赤字で、キハ58/28はどちら側から見ても運転席側の客扉から5つ目(1つは戸袋窓)の窓の下に入っています。またキハ65は4人席窓の5つ目と6つ目の間で、なぜかキハ58/28と区別されています。f:id:himetaka2018:20201230182814j:imageT車はカプラーに付いているスノープラウをニッパーで除去しました。f:id:himetaka2018:20210111142420j:imageM車は「6113C3 キハ58 カプラーセット」が手に入ったので交換しました(運転席側用と妻面用があります)。どちらも見栄え向上のために付属の連結器胴受を取り付けました。f:id:himetaka2018:20210103233558j:image室内灯はT車にKATO純正のLED室内灯クリア6両分入(11-212)を、M車にTORM.のLED室内灯・汎用・白色(TL-032)を使用しました。バラバラなのはどちらも1個しか在庫がなかったためで、購入したら入れ替えるつもりです。f:id:himetaka2018:20201230003225j:imageM車は新タイプの動力車の取付け方法が変わったため、使った室内灯ユニットは純正品と異なり一体型になっているので加工が必要です。室内パーツにある基板押さえのツメをニッパーでチョッキン!で室内灯ユニットの端が導電パーツ取付部にハマるように取付けます。f:id:himetaka2018:20210111143846j:image室内は青一色に変更されましたが、残念なことに明る過ぎてモケットの色とはかなり違うため塗装します。こんな色にするくらいなら、ベージュの方が後々の手間がかからなくてよかったですよ、KATOさん。f:id:himetaka2018:20210106164028j:image床をGM09ねずみ色1号で、シートのモケット部をGM22ブルーBで、シート本体をタミヤカラーXF-12明灰白色で、仕切り板(壁)をMr.カラー321黄土色で筆塗りします。f:id:himetaka2018:20210106164053j:image室内灯ユニットを取り付けて車体を被せてお仕舞いって思ったけどなんか変。実車の写真を確認すると…列車無線アンテナがない!そっかKATO製品は国鉄時代の設定やったんや。f:id:himetaka2018:20210110225829j:imageということで、Tomixの「JA14 列車無線アンテナ」を用意し、取付足の幅である2mm巾のマスキングテープをM車の屋根に貼り中心部に0.5mmの孔を開けて取り付け…入らん!穴の位置は合っているのですがライトユニットに当たって奥行きがないみたいです。結局取付け足を短くしてゴム系接着剤で取り付けました。T車は単純に取付け足を切り飛ばしてゴム系接着剤で貼り付けました。f:id:himetaka2018:20210111144340j:imageさて今回の室内灯はKATO純正品とTORM.製品を使ったので、簡単に比較します。f:id:himetaka2018:20210111161529j:image並べてみると違いが一目瞭然ですね(左がKATO純正品で右がTORM.製品、いずれも白色)。f:id:himetaka2018:20210112153412j:imageKATO純正品はプリズム方式にもかかわらず偏りがありませんし、明るさもそこそこです。私の持つ実車のイメージは「明るいけど光っていない」ですから、こんなもんだと思います。ただ色は黄色過ぎる気がします。f:id:himetaka2018:20210112153552j:imageTORM.製品は多LED方式ですが光源付近とそれ以外で偏りが若干見られます。また明る過ぎ!で煌々と輝いて走っていますが、レンタルレイアウトに持っていくと落ち着いて見えるんでしょうか?色は蛍光灯の感じがよく出ていると思います。f:id:himetaka2018:20210112154257j:imageまたKATO製品をつけた時の室内の色が、塗装した時にイメージした色が再現出来ている気がします。f:id:himetaka2018:20210112154615j:imageなおタブレットキャッチャーと客扉のタブレット保護格子はパーツが手に入らなかったこともあり省略しました。JR九州色やJR九州急行色になったものは全て撤去されていましたが、国鉄急行色のまま廃車されたものは恐らく撤去されなかったのではないかと思っています。f:id:himetaka2018:20210112154646j:image行先サボは「隼人–吉松」を探しています。

次はこの列車から乗り継いで吉松→人吉・球泉洞→熊本を乗車した、JR九州急行色のキハ58+キハ65の急行「えびの」です。

 

以上

2013年春と2017年秋の肥薩線・豊肥本線

マイクロエースから発売された「はやとの風」と「いさぶろう・しんぺい」を整備したのを機に思い出した、2013年5月と2017年10月の肥薩線縦断旅行を振り返ります。f:id:himetaka2018:20201211152826j:image写真は模型整備時に掲載した「はやとの風2号」(2017年10月20日 大隅横川駅)で、これで鹿児島中央から嘉例川駅大隅横川駅を経由して吉松に行きました。f:id:himetaka2018:20201229214834j:image吉松駅では時間待ちの間に、駅前のC55 52を見学しています。f:id:himetaka2018:20201211153243j:image吉松から「しんぺい2号」(2017年10月20日 真幸駅)で、各駅と日本三大車窓を経由して人吉に行きます。吉松を出発して4つ目のトンネルが、1945年8月に肥薩線列車退行事故を起こした山神第二トンネルで、古いトンネルのため内部の幅が一定でなく急激に狭くなる部分があり、窓に顔を貼り付けていると結構迫力があります。f:id:himetaka2018:20201211153621j:imageスイッチバックして高度を稼いだ本線上から真幸駅を俯瞰します。ホームの上には1972年7月の山津波後に設置された幸せの鐘が見えます(残念ながら山津波記念石は写っていません)。f:id:himetaka2018:20201215162022j:imageSL終焉時代の真幸駅には廃車された蒸気機関車が駐留されており、1970年9月の鹿児島本線全線電化後にはC60 28とD51が、1972年4月の肥薩線の山線無煙化後にはD51 687とD51 890が置いてありました。「広報えびの 2009年12月号」には、廃車回送でC60とD51を引いて真幸駅を発車する38633の写真と、土砂に埋もれた2両のD51が写っている山津波直後の真幸駅の写真が掲載されています(えびの市役所ホームページから見ることができます)。f:id:himetaka2018:20201210132057j:image矢岳駅前の人吉市SL展示館にはこの区間で使用されていたD51 170が展示されています。このカマは戦後直ぐの1945年11月に人吉に来て、重油併燃装置(罐胴上とランボード上に重油タンク設置)とエアシリンダ式の鹿児島工場式大型集煙装置を装備され、1972年6月に廃車されるまで矢岳越えに活躍しました。f:id:himetaka2018:20201230141314j:imageこのSL展示館は1993年9月に初めて訪問しましたが、矢岳駅で急行「えびの」から降りたのは我々だけで、展示館の入口はシャッターが降りていて案内も人影もなく、えぇんかな〜と思いながら勝手にシャッターを開けて中に入って見学しました。f:id:himetaka2018:20201210141229j:imageこのSL展示館にはSL人吉(2013年5月1日 人吉駅)で活躍する58654も静態保存されていました。この58654は1968年6月に人吉に来て1975年3月に廃車されるまで湯前線で使用されていました。f:id:himetaka2018:20201210181713j:image1988年8月からボイラーと走り装置を作り直しSLあそBOYとして豊肥本線の急勾配区間を含む熊本–宮地間で走行を開始しました。1991年9月6日に熊本–宮地間を乗車しました(写真は宮地駅にて撮影、水戸岡デザインが入る前の原形)が、当時は機関車に興味を持つ人が少なく、熊本駅で写真を撮ったのは私達夫婦だけで、運転士席に座らせてもらった上、カマの中まで見せていただきました。f:id:himetaka2018:20201213014648j:image見所である立野のスイッチバックも当時は何の案内もなく展望室で待っていたのは我々だけでしたが、なぜかこのタイミングでビンゴ大会が開催されスイッチバックを見ない方々で展望室が満員になってしまうという不思議な現象が起こりました。f:id:himetaka2018:20201230132047j:imageまた1993年9月にも乗りに行ったのですが、大雨の影響で豊肥本線が運休となり乗車できず、次の日に高千穂峡を見た帰りに撮影しました(赤水–立野、水戸岡デザイン後の姿)。f:id:himetaka2018:20201230132110j:image2005年に台枠が歪んでいることが発覚して使用停止、そのまま静態保存に戻るところを奇跡的に製造時の図面が発見され、九州新幹線開業の祝儀もあって台枠を作り替えて復元!SL人吉として肥薩線の川線区間で大切に使われています。ボイラーも台枠を含む足回りも全部作り直したので製造当時の部品は何もありませんが、大正生まれと称されています。f:id:himetaka2018:20201213164314j:imageまぁ京都鉄道博物館にいる、理由もなくいつのまにか後期型のキャブになっちゃったバリバリ前期型ナンバーの8630と称しているカマよりはマシですが(梅小路蒸気機関車館にて撮影日時不明)。f:id:himetaka2018:20201210150025j:imageさて人吉で昼食を取り、人吉鉄道ミュージアムMOZOCAステーション868を見学してから「SL人吉」(2017年10月20日 一勝地駅)に乗って熊本に出ました。f:id:himetaka2018:20201213221850j:image白石駅JR九州が量産しているコイルバネ特急のタネ車であるキハ40と交換します。f:id:himetaka2018:20201213224305j:imageこの停車時間を利用してSL人吉の50系客車700番台を撮影しました。SLあそBOYの頃からは大幅に改装されています。f:id:himetaka2018:20201210152409j:image鎌瀬駅の手前で有名撮影地(お立ち台)である球磨川第一橋梁を渡ります(2017年10月20日SL人吉から撮影)が、令和2年7月豪雨により流失して跡形も無くなってしまいました。f:id:himetaka2018:20201211164055j:imageその後、坂本駅ではコイルバネ特急の「うみせみ・やませみ」と交換しました。f:id:himetaka2018:20201214002035j:image2017年10月20日時点で熊本駅は高架工事の真最中でした。f:id:himetaka2018:20201210162329j:image2013年に訪問した時は熊本からキハ183系1000番台の「あそぼーい!」で立野へ行きました(2013年5月2日 熊本駅)。f:id:himetaka2018:20201211001901j:imageこのキハ183系1000番台は、1988年3月にオランダ村特急(1991年9月7日 佐世保駅)でデビューしたあと、ゆふいんの森二世(1994年11月7日 豊後森駅)→シーボルトゆふDXと名前も容姿も変えながら32年以上も活躍しています。f:id:himetaka2018:20201230133808j:imageジョイフルトレインをせっせと作ってはホイホイ廃車にしたJR北海道とはエライ違いです。なおこのキハ183 1000番台は世界初のEC-DC動力協調運転を行なっています。f:id:himetaka2018:20201210234900j:image立野から南阿蘇鉄道(高森駅で2013年5月2日に撮影)に乗り、高森湧水トンネル公園へ行きました(高森町HPから転載)。f:id:himetaka2018:20201211003913j:imageこの公園は高森–高千穂間を結ぶためのトンネルを掘削中に地下水脈に当たり、トンネルは多量出水するわ町内は大規模断水するわで工事中止・破棄された高森トンネルを利用したもので、アプローチ部分は完全に鉄道トンネルのそれです。f:id:himetaka2018:20201212214639j:imageまた2017年に訪れた時は熊本港から高速船で島原に渡り、島原鉄道に乗りました(2017年10月21日 島原外港)。2008年4月1日に島原外港加津佐間が廃止されましたが、写真左手奥が廃線方向になります。1981年に諫早口之津を、雲仙普賢岳の噴火が落ち着いた1994年11月9日に口之津諫早を乗車して天草と行き来しています(島原外港は2019年10月1日に島原港に改称)。

オランダ村特急」はかなり以前にマイクロエースの初期製品を購入、吉松のC55と人吉のD51重装備も模型化を考えていますが、いつになることやら…

 

以上

2013年春の南九州 観光列車「いさぶろう・しんぺい」

特急「はやとの風」に続いて、同じマイクロエースの「A6074 キハ140+47 いさぶろう・しんぺい 増備車連結3両セット」です。f:id:himetaka2018:20201211151444j:image1996年3月16日に、1日にたった4往復しかない人吉–吉松間の普通列車の1往復を、簡易お座敷改造したキハ31を使って観光列車化したのが始まりで、2004年3月13日に使用車両をキハ40を改造したキハ140 2125に変更、同年10月9日にはキハ47を改造して2両編成とし、更に2009年7月18日にキハ47を追加改造して「SL人吉」運転日を中心に3両運転を開始しました。 f:id:himetaka2018:20201211151528j:image2013年5月1日に「はやとの風」から乗り継いで乗車しました(吉松駅で撮影)。3両編成の運転でキハ47が2両とも人吉方を向いていますし、キハ140にワンマンのプレートが出ていません。f:id:himetaka2018:20201211151618j:image また2017年3月4日より、キハ140 2125が新設された「かわせみ・やませみ」兼用の予備車になったため、キハ47 8159を方向転換して1号車としており、2017年10月20日に乗車した時はこのキハ47 だけの2両編成でした(真幸駅で撮影)。何故か「いさぶろう・しんぺい」用のキハ47は展望窓がないんですよね〜観光列車やのに…f:id:himetaka2018:20201215154547j:imageこの製品のケースは大きさの割に3両しか収納できないので、同じマイクロエースの「B1131 トレインブックケース 8両用」とウレタンだけ交換します。f:id:himetaka2018:20201215155045j:image車両を摘むための凹みがなくなりますが、5両も余計に収納する事ができるので「はやとの風」を入れました。f:id:himetaka2018:20201215155320j:imageただ変なところに突起があり車輪が当たって車両が傾く(青丸部)ため、長さ調整用のウレタンを削って収納位置を変えました(赤丸部)。カッターでテキトーに切ったら、かなり不細工な出来になってしまったので、余っているウレタンで修正するつもりです。f:id:himetaka2018:20201219181219j:image製品は2009年7月から2017年2月までの3両編成時代の設定で、左から1号車のキハ140-2125、2号車のキハ47-9082、3号車のキハ47-8159です。f:id:himetaka2018:20201219235303j:image前面種別方向幕とワンマンおよび指定席(用途不明)のシールが付属しています。3両編成での運転時は車掌が乗車したのでワンマン・シールは貼らず、前面方向幕シールとTORM.のLED室内灯 幅広・電球色(TL-N010)を全車に装着します。ただワンマンプレートは車掌乗務時にも出たままになっていた事も多かったようです(3両編成でも乗務しなくなったのかもしれません)。f:id:himetaka2018:20201219181814j:imageまず最初に改造されたキハ140-2125で、「はやとの風」と同様に展望窓が設置されています。3両編成時代は吉松方の1号車だったので車体に「1」がレタリングされていましたが、予備車になった時に消されたと思われます。f:id:himetaka2018:20201222122821j:image室内灯を付けるために分解しますが結構てこずりました。また室内灯を組み込もうとすると、ユニットの押さえと通電を兼ねたスプリングがハネて上手く組み立てられない…格闘すること3時間、ふとスプリングを切ったら圧が減って良くなるのでは?と思い実行してみました。f:id:himetaka2018:20201221133254j:image取り敢えずこのくらいと思って切断して組んでみたら、睨んだ通りスプリングが暴れることなく容易に組み込み完了。ところが思ったより屋根と床の間が長かったようで、切り過ぎてスプリングが導電部に届かずに点灯しない!そこで切断する長さを1/3程度に押さえて再度挑戦、慎重にスプリングを切断して屋根に室内灯ユニットをセットし、下回りを組み込むと室内灯は点灯しました…f:id:himetaka2018:20201221121446j:imageあれ?前照灯が点灯していない!折角組んだのにまた分解です…f:id:himetaka2018:20201222123139j:image連結側は点灯しています。コレはこれでこの面を先頭に出すためのダミーカプラー用スカートも付属して欲しいですね。f:id:himetaka2018:20201222183930j:imageライトユニットまで分解して付け直すと点灯しました。車体の分解・組立時にこじって集電用の足がズレていたようです。f:id:himetaka2018:20201221144243j:imageJR九州の仕様に合わせてジャンパ栓受け蓋に黄色と赤色を塗ります。f:id:himetaka2018:20201219181935j:image次に7ヶ月遅れで改造されたキハ47-9082です。キハ140-2125の「いさぶろう・しんぺい」が好調で急遽増結車用として改造されたため、キハ140-2125にある展望窓は省略されて展望スペースのみの設置されました。常に人吉方の2号車で、車体に「2」がレタリングされています。f:id:himetaka2018:20201221113845j:imageこちらは簡単に分解できました。が、スカートの取付けがユルユルなうえ運転台のない側にあるタンクのようなパーツ(本機にトイレは付いていません)も気持ちよく取れるので、組立て完了!と思ったらパーツが転がっていた…ってことが何回もありました。f:id:himetaka2018:20201221112709j:image中間車なのでスカート部のジャンパ栓表現はなく大きな空洞状態なので、TN化の時に検討が必要ですね。f:id:himetaka2018:20201219184623j:imageさらに5年後に3両編成にするために改造されたキハ47-8159です。キハ47-9082に合わせて展望窓は作られていませんが、バリアフリー対応便所と車椅子スペースが設置されています。3両編成時代は人吉方の3号車でしたが、キハ140-2125が外れてからは吉松方に方転して1号車になっており、当初から号車番号はレタリングされていません。f:id:himetaka2018:20201221115005j:imageこちらは車端に循環式トイレタンクが付いていますが、分解時に外れることはありませんでした。f:id:himetaka2018:20201221113149j:imageスカートにジャンパ表現があるので、ジャンパ栓受け蓋に黄色と赤色を塗ります。f:id:himetaka2018:20201221113242j:image気になるのはクーラーの色です。このキハ47-8159の運行開始日の写真では全部が屋根色ですが、2010年ではクーラーに赤い部分がチョコチョコ顔を出していますし信号炎管も赤いような…で結局わかりませんでした。f:id:himetaka2018:20201223100938j:imageいつもの廊下で撮影ですが、フローリング上の道床付き線路だけでは風情もありません。なので近くで短時間でも借りることができるレンタルレイアウトを検索中です。f:id:himetaka2018:20201223123038j:imageはやとの風」と同様に屋根上にベンチレーター塞ぎ板があるそうですが資料が見つかりません。またフォグランプのリムが目立ち過ぎですが、どうしたらよいのかわからないので放置です(点灯すればそんなに目立ちませんし)。

 

以上

2017年秋の南九州 特急「はやとの風」

マイクロエースから発売された「A6079 キハ147+47 はやとの風 2両セット」が届きました。f:id:himetaka2018:20201203111339j:image特急「はやとの風」は、2004年3月13日に九州新幹線鹿児島中央新八代間が開業した際に、キハ40系改造車のキハ147 1045・キハ140 2066を使って鹿児島中央–吉松間の臨時観光列車として運行を開始しました。2006年1月21日にキハ47 8092を追加改造し、キハ140 2066を予備車として同年3月18日から定期列車になりましたが、平日の利用率が悪かったのか2018年3月17日のダイヤ改正で再び臨時列車となりました。f:id:himetaka2018:20201203105702j:image2013年のゴールデンウィーク(写真上:2013年5月1日 鹿児島中央駅)と、定年退職した2017年秋(写真下:2017年10月20日 大隅横川駅)の九州旅行で、鹿児島中央→吉松間を乗車しました。f:id:himetaka2018:20201203111344j:imageこの区間は急カーブも勾配も少なくソコソコ飛ばすため、ダンパーが追加されたものの所詮コイルバネ台車なので結構な上下動に振り回されました。f:id:himetaka2018:20201203214440j:image製品は定期列車時代以降のキハ147-1045(M)+キハ47-8092です。前作の3両セットより車体色が黒くなって雰囲気が良くなり、サボやレタリングもほぼ正しく再現されて出来の良い仕上がりだと感じました。f:id:himetaka2018:20201214214817j:image付属シールには正面上部の「はやとの風」、助士席窓下に掲げられている「ワンマン」が付属しています。他に「鹿児島中央–吉松」の行先サボや「指定席」の種別サボもついていますが、既に印刷されているので何用かは不明です。f:id:himetaka2018:20201214214957j:imageまずT車のキハ47 8092を分解します。内装はかなり精巧に作り込まれています。この車両の内装色は基本的に木の色に統一されていて、指定席の座面と背もたれの上下1/3ずつが赤橙色でカバーがベージュ、および手すりが黒色になっていますが、これらの塗装は労力の割に効果が期待できないので今回はパスします。f:id:himetaka2018:20201214215151j:image室内灯は幅広タイプが指定で、実車は間接照明が多かったので電球色を使います。当鉄道標準装備のTORM. LED室内灯ですが、値上がりした上ポポンデッタからチャージ付が発売されて、コスパがかなり下がっちゃいました。f:id:himetaka2018:20201214215311j:image他社製品とは異なり、運転台のすぐ背後に集電スプリングがつくようになっています。前後一山分をカットして装着し車体をかぶせます。f:id:himetaka2018:20201214235529j:imageLEDが12個付いているので、何の工夫をしなくても均一に光ります。f:id:himetaka2018:20201219154926j:image前部種別方向幕(はやとの風)とワンマンを切り出して貼り付けます。JR九州気動車はジャンパ栓が色分けされているので、栓受け蓋の外側2個をX-7レッド・内側2個をX-8レモンイエローのタミヤカラー エナメル塗料を筆塗りました。f:id:himetaka2018:20201209010018j:image2013年のキハ47-8092の写真を見ると、前面左下側にあるKE93ジャンパ栓の準備工事部分は鉄板をあてがって塞がれていますが、製品には反映されていません。またヘッドライトリムは車体色ですが、製品ではわざわざシルバーに塗装されています。さらに信号炎管は車体色に見えます。f:id:himetaka2018:20201210004219j:imageただ実車は時代と共に少しずつ変化しているようで、2017年10月20日大隅横川駅で撮影した写真では、前面左下のKE93ジャンパ栓塞ぎ板は埋め込まれており、信号炎管も銀色になって製品と同じになっています、というか製品はこの時代がプロトタイプなのでしょう。f:id:himetaka2018:20201214104417j:image次に動力車のキハ147-1045を分解します(ジャンパ栓ケーブル保護のためにiPhoneに乗せています)。実車同様にキハ47.8092に比べて内装の色がかなり赤みの強いシックな色調になっています。キハ47 8092と同様に室内の塗装はやめて室内灯のみ設置します。f:id:himetaka2018:20201214124635j:imageクーラーがグレーになっています(キハ47 8092は車体色)が、わざわざ変えてあるので実車もそうなのでしょう。f:id:himetaka2018:20201219154159j:imageキハ147-1045のKE93ジャンパ栓準備工事部分は埋め込まれており、実車と同じです。またヘッドライトリムと信号炎管もシルバーに塗装されていて、こちらも実車と同じです。f:id:himetaka2018:20201219032008j:imageなおキハ47-8092と同様にジャンパ栓は色分けされているので、受け蓋とケーブルにエナメル塗料のレッドとレモンイエローを塗ります。f:id:himetaka2018:20201219154307j:imageこのキハ147-1045の信号炎管は正面から見て左にオフセットされており、屋根上にベンチレーター塞ぎ板がありますが、キハ47-8092のライトリムの塗装と併せて検討中です。リムの塗装は前照灯導光部を外す必要があるのですが、マイクロエース製品の場合は過去の経験から壊れる可能性が非常に高いので躊躇しています。また屋根上改造した場合にロイヤルブラックという車体色も、どれだけ近い色が出せるかが不安です。f:id:himetaka2018:20201215105920j:imageカプラーはJC6365密自連TNカプラー・グレー(TomixのHPより転載)を使うつもりで在庫のあるJoshin-webに発注したら、「在庫ありませんでした。取り寄せますので納品まで1ヶ月半かかります。」の返信が。ここはパーツを多数扱っていて助かっているのですが、在庫管理はほぼ出来ていないので、発注してみないとあるかどうかはわからず、3回に1回位はこうゆう事になります。まぁ小物をきっちり管理するのは難しいと思いますが。そうゆう意味ではMODELS IMONの在庫管理は優れていますね。f:id:himetaka2018:20201219155019j:imageブレーキホース周りはTNカプラーを付けてから塗装します。

 

以上

 

今さらのBトレ 新幹線シリーズ ⑤ 0系ひかり

整理中のBトレで、買った覚えのないモノも含めてゾロゾロと出てきた新幹線のまとめの続きで、今回は【0系 ひかり】です。f:id:himetaka2018:20201207225606j:image私の世代で新幹線と言えばコレ!の元祖新幹線車両0系で、1964年10月1日の開業から100系の量産車が登場する1986年4月まで38次に渡って製造されました。0番台は増発のために製造されてきましたが、1976年9月からは初期車置き換えのため小窓の1000番台車両の製造が行われました。この時編成組み替え時の予備として全車1000番台車のN編成(N97 - N99)が増備され、27形と36形はこれが最後の製造となったことから、「ひかり」編成で唯一全車両小窓に統一された編成となりました。また1981年12月3日から2000番台が登場、シートピッチが広くなって座席も窓の数も1列減りました。ただ2000番台も0番台の置き換え用なので、座席の数が減ると他の0番台編成と整合性が取れなくなると思うんですが…f:id:himetaka2018:20201207225651j:image1984年頃から頻繁に東京方面へ出張に出るようになり、帰りの新幹線では必ず入線と同時に乗り込んで(当時は20〜30分前には乗車できた)食堂車に並び、そのまま下車する京都まで上司と呑んでいました。迷惑な客ですねぇ〜でも飲み続けていたので利益率は良かったはずです、たぶん。既に「マウント富士」工事(食堂と通路を隔てる壁に、富士山が見えるように窓を設置する工事)は終了していましたが、利用するのは常に夜だったのでカーテンが引かれていたと思います。なお0系食堂車の営業は阪神・淡路大震災の前日、1995年1月16日が最終日です。f:id:himetaka2018:20201130121716j:image製品は2011年発売の「新幹線・0系」で、A・B・Cセット各4両の計12両で25形・26形を2ユニット抜いた編成が再現できます。f:id:himetaka2018:20201204192054j:imageさらにCセット4両を追加すると実車通りの16両編成を組むことが出来るという、Bトレ史上初のフルセットにしても余剰車両が出ない画期的な構成になっています。なおパンタグラフ装備車はカバーの有無が選択できますが、このカバーはJR化後に取り付けられたので、後述の時代設定から今回は使用しません。f:id:himetaka2018:20201206132639j:image製品は全車両が小窓車のため、前述のN編成(N97-N99)に限定されます。また塗装の白色がパールホワイト(白3号)なのでJR東海は1995年以降、JR西日本は1991年以降となります。ところがJR東海に継承されたN97は1991年に大窓車が混じるNH編成に組替え、同じくJR東海のN98は1992年に抹消、JR西日本に引き継がれたN99も1992年にはNH編成に組替えられています(組替え時にパールホワイトに塗替えられたと思われます)。

え〜パールホワイトのN編成って存在しなかった?12両ある製品を全部原色のホワイトアイボリー(クリーム10号)に塗り替えることは考えられないので、この白色はホワイトアイボリーだと信じることにしました。JRマークが一切ないことと後述の禁煙車表示の問題から1984年頃の姿とし、5・6・13・14号車を抜いた12両編成とします。f:id:himetaka2018:20201127202310j:image付属のステッカーからN97編成の車番、博多行の方向幕、座席表示(1-5:自由席/6・7・9-16:指定席)を使います。f:id:himetaka2018:20201206150019j:image座席表示はこの22次車でスリムラインから幕式に変更されましたが、ステッカーでもしっかり表現されています。またペンギンモデルの「アクセサリーシールAS13 東海道・山陽新幹線A」を使って号車番号と禁煙マークを追加します。当初は禁煙の概念もなかったのですが、世論に押される形で1980年10月1日から1号車自由席が禁煙車に、1984年7月25日から2号車自由席も禁煙車になり、1985年4月1日からは10号車指定席と12号車グリーン車の半室が禁煙化されました。この半室禁煙の場合は禁煙側の扉にのみ禁煙マークが貼ってあったと思われるのですが、どっち側が禁煙室だったかの資料が出てこなかった(1982-1990年の時刻表を持っていないことが判明!)ので、時代設定をグリーン車が禁煙になる前の姿、すなわち1984年7月25日〜1985年3月31日としました(ちょっと期間が短いですが)。f:id:himetaka2018:20201206151242j:imageまた禁煙マークの表示方法は、1992年頃までは扉脇窓部に「禁煙席」と文字で書かれたものが使われており、それ以降はピクトグラムに変更されました。f:id:himetaka2018:20201130143700j:image博多方向先頭1号車の21-1003、普通車の自由席で1980年10月1日から禁煙車です。f:id:himetaka2018:20201203010952j:image2号車で普通車の26-1011、自由席で1984年7月25日から禁煙車になりました。f:id:himetaka2018:20201206140016j:image3号車で普通車・自由席の25-1004です。f:id:himetaka2018:20201206140100j:image4号車で普通車・自由席の26-1203です。f:id:himetaka2018:20201205193701j:image7号車で普通車の27-1001です。36形の機器の一部を搭載して36形とペアを組み、車椅子対応設備を備えています。f:id:himetaka2018:20201205193715j:image8号車で側廊下式全室食堂車の36-1001です。機器の一部を27形に振り分けて搭載しているため、必ず27形とペアを組みます。博多開業で登場した食堂車は1974年の17次車以降21次車まで製造され、置換え用となった22次車以降では予備のN編成3両が製造されただけです。f:id:himetaka2018:20201203011027j:image9号車で普通席とビュフェを併設する37-1013です。36形の投入でビュフェに車販基地の機能を設け、車いす対応席を設置しました。22次車より35形に代えて投入されたため、大窓車は存在しません。f:id:himetaka2018:20201206140204j:image10号車で普通車の26-1205です。指定席で1985年4月1日から禁煙車になりました。f:id:himetaka2018:20201205193804j:image11号車でグリーン車の15-1002です。乗降口が博多方の1箇所だけです。f:id:himetaka2018:20201203011102j:image12号車でグリーン車の16-1002です。15形と違って客用乗降扉が車両の両端の2箇所に設置されています。1985年4月1日から半室が禁煙になりました。f:id:himetaka2018:20201206140258j:image15号車で普通車・指定席の25-1006です。f:id:himetaka2018:20201205193836j:image東京方面先頭16号車の22-1003で、指定席の普通車です。ヘッドライト部にシールを貼ってテールライトにしました。f:id:himetaka2018:20201208002710j:image余談ですが、禁煙車の調査中に見つけた来春KATOから発売予定の「0系 2000番台 新幹線 ひかり・こだま」のホームページで、1985年4月~1986年3月ごろの2000番台車によるオール小窓編成が紹介されていました。勿論こんな編成が実在した訳もなく、1988年4月頃のNH61編成をベースに、3両しか無い小窓の27形と36形を最後まで編成分解されず1992年11月に廃車となったN98編成から分捕ってきて組まれていました。今までKATOの編成例って結構信じていただけに、ショック大です。

さて、最後は700系のぞみです。

 

以上

 

今さらのBトレ 新幹線シリーズ ④ 700系ひかりレールスター

整理中のBトレで、買った覚えのないモノも含めてゾロゾロと出てきた新幹線のまとめの続きで、今回は【700系 ひかりレールスター】です。f:id:himetaka2018:20201121161315j:image性能差から「のぞみ」を待避する様になって遅くなった0系「ウエストひかり」を、当時最新の700系7000番台を投入して高速化し到達時間の改善を図ったのが「ひかりレールスター」で、2000年3月11日から運行を開始しました。大変好評であったため最大25往復まで運行拡大されましたが、九州新幹線鹿児島開通によりN700系7000番台「さくら」に役目を移行して終了しました。名称だけは現在でもローカル列車に残っており、一時期は新快速に追い抜かれる「ひかり」として知られていました。この「ひかりレールスター」は広島への出張でよく利用しましたが、「ウエストひかり」の12両から8両へ減車されたうえ自由席は5列シートのままだったので、人気のある4列シートの指定席を取るのが大変だった思い出があります。f:id:himetaka2018:20201121142217j:image
f:id:himetaka2018:20201121142220j:image2008年7月にトレインボックスで発売され、Aセット4両とBセット4両の形態で、両セットで1編成が揃います。以下の各車説明には号車番号と喫煙の有無および座席種別を記載していますが、製品には付属のステッカーに収録されているロゴマークのみ貼り付けています。f:id:himetaka2018:20201121134825j:image博多方向き先頭1号車で自由席禁煙車の723形7000番台です。f:id:himetaka2018:20201121134842j:image2号車の725形7600番台で、パンタグラフを装備した自由席で2011年3月11日までは喫煙できた車両です。f:id:himetaka2018:20201121134856j:image3号車で車販準備室のある自由席禁煙車の726形7500番台です。f:id:himetaka2018:20201121134913j:image4号車の727形7000番台で、荷物室がある4列シートの指定席禁煙車です。f:id:himetaka2018:20201121135604j:image5号車の727形7100番台です。4列シートの指定席で、2004年6月30日までは喫煙車でした。f:id:himetaka2018:20201121135620j:image6号車の726形7000番台で車掌室があります。4列シートの指定席で、2012年3月16日まで喫煙車でした。f:id:himetaka2018:20201121135644j:image7号車の725形7700番台で、4列シートの指定席禁煙車です。パンタグラフが装備され、車販準備室と車椅子対応設備があります。f:id:himetaka2018:20201121143028j:image不思議なことにこの7号車は説明書に記載されている図が間違えているうえ、「屋根の向きを、説明図とは前後逆に組立てると、実車の窓配置により近づきます」という言い訳としか思えない訂正文が載っています。f:id:himetaka2018:20201121145312j:imageまた、パッケージの図はシレ〜っと正しい姿が掲載されています。f:id:himetaka2018:20201121135703j:image新大阪方先頭8号車で指定席禁煙車の724形7500番台です。4列シートの他にコンパートメントもあります。f:id:himetaka2018:20201121161408j:image側面がちょっと寂しいです。方向幕くらいあったほうがいいかもしれません。

この無節操に買い集めた新幹線シリーズも、あと中途半端に組立てている0系と700系を残すのみとなりました。

 

以上