奥琵琶湖にある桜の名所「海津大崎」の訪問記の続きで、今回はそのまま県道557号線になった旧国道303号線とその先にあるかつては有料道路だった奥琵琶湖パークウェイを訪ねます。【国道303号線】
前述の通り、国道161号線海津交差点から分岐して海津大崎を通り大浦を経由して永原に抜ける現在の県道557号線が国道303号線でした。
1984年7月に奥琵琶トンネルが開通して現在のルートに変更されました。
国道161号線と旧国道303号線の分岐点(海津交差点)です。
標識には「国道303号線」の上から「県道557号線」を貼り直したと思われる跡が、40年以上経った今でもはっきりと見ることができます。
この道路は大浦の手前までの湖岸沿い部分全部が桜並木になっていて桜が咲くと壮観な風景になります。
特に海津交差点を曲がってすぐの「海津大崎の桜」は桜の木が密集しているので満開になると目に映る全ての景色が桜一色になるという絶景が出現するため、1985年の桜シーズンに行った時は大勢の方々が道路両脇にシートを敷いて花見をしていてほぼ1車線分の幅しかなく車の離合が困難だった記憶があります。
現在は道端に座っての花見は禁止で道は一方通行になっており、湖岸に花見用の歩行者専用道路が作られているようです。
訪れたのは晩秋だったので枯れ木のような状態でした。
さてこの旧国道303号線は1.5〜2車線で湖岸沿いにクネクネと曲がっていますが、ずうっと琵琶湖が見える風光明媚な道です。
海津大崎の手前に海津大崎港(写真右手)がありかつてはここから長浜や今津および竹生島への連絡船が運行されていましたが、現在では花見シーズンに湖側から花見をする観光船が出ているだけです。
写真正面奥に海津大崎があり、旧国道はこの部分をトンネルで抜けます。
ただし一本のトンネルでぶち抜いているのではなく、湖岸線に沿うようにして何本かに別れて掘られています。
この部分が開通したのが1936年6月のためかどのトンネルも断面がビックリするくらい小さく、国道時代にはここを大型トラックが走っていたとは信じられない光景です。
短いトンネルに別れていたことから全部のトンネルで入口から出口を見ることが出来たため、それぞれのトンネル手前で退避したので大型トラックの通行が可能だったと思われます。
海津大崎を過ぎると有名なパワースポットである竹生島が見えてきます。
しばらく湖岸沿いに走ると集落に入り大浦の交差点に出、旧国道はこれを左折して北進しています。
ここからは新道に至るまで2車線道路になっています。
集落を抜けると左手の山裾にJR永原駅が見えてきます。
この駅は1974年7月に開業したJR湖西線の駅なので以前に訪れた時も存在しており、写真右手方向にあるJR近江塩津駅でJR北陸本線から分岐して左手方向の京都までつながっています。
新道が出来た時に新設された大浦口の交差点で新道に合流します(写真中央に旧道路跡が見える)。
ここから東(写真右手)は以前からの国道303号線で私が初めて通った時は1967年11月開通のやや狭い岩熊(やのくま)トンネルしかなかったのですが、2000年に岩熊第二トンネルが開通して上下線が別々のトンネルになりました。
【奥琵琶湖パークウェイ】
先ほどの大浦交差点を南(右手)方向に曲がると奥琵琶湖パークウェイと菅浦集落につながる道になります。
この奥琵琶湖パークウェイは、大浦集結から菅浦集落へ行く県道513号線菅浦ゲートと旧国道303号線月出ゲートを結ぶ1971年9月に開通したドライブウェイで、私が初訪問した時は有料道路でしたが1989年4月に無料開放されました。
大浦交差点を南下するとしばらくは湖岸線に沿ってクネクネとした道が続きますが、旧国道303号線と違ってこちらは完全2車線道路になっています(有料道路の名残り?)。
菅浦集落の手前に有料道路時代に料金所があった菅浦ゲートがあり、写真正面の登り坂が奥琵琶湖パークウェイ、右に抜けていく道が菅浦集落へ続く道です。
このゲートから走り屋の好きそうなワインディングロードが始まり、最南端にあるつづら尾崎展望台まで登っていきます。
以前この展望台は本線から外れたところにあり導入路を通って入っていましたが、2006年4月につづら尾崎展望台→月出ゲートが一方通行化された時に本線の一部になりました。
展望台には飲食店が一軒だけあり、晩秋の平日でも開店していました。
余談ですがメニューにある「かけうどん」、私の生まれ故郷では「かけ」は蕎麦でうどんは「素うどん」と区別されていました。
前述のようにつづら尾崎展望台から月出ゲートまでは一方通行ですが、もともと2車線道路だったので道幅がかなり広いです(何故一方通行にしたのかはわかりません)。
途中の月出峠あたりから見た琵琶湖東岸です(遠くに伊吹山が見える)。
湖岸沿いを山肌に沿って道が作られているので、山の中に通ってきた道路が見えます。
一方通行の終点である月出ゲートは山の中にあり、ここから先は前述の岩熊トンネルができるまでの旧国道303号線を使っていて、現行の国道303号線との分岐点近くにある岩熊集落手前まで同じような山道が続きます。
このゲートのすぐ西側(ゲートの写真の右手)に、その旧国道303号線だった湖北隧道(1934年竣工)があり八田部集落へ抜けていますが訪れた時は通行止になっていました。
岩熊集落で現行の国道303号線と合流して今回の訪問も終了です。
写真中央左手に分かれているのが旧国道で、正面奥に岩熊トンネル、手前方向に進むと塩津交差点に出て国道8号線と合流します。
この後は降雪シーズンに入るため春になったら旧道探訪を再開するつもりでしたが、近畿地方でも熊出没と想定外の事態が勃発したため何処も訪問することが出来ていません。
3回目の旧道訪問は奥琵琶湖にある桜の名所「海津大崎」で、1984年初夏の真夜中と1985年の桜シーズンに訪れています。
京都市内から国道1号線を東に走り、滋賀県に入ってすぐ国道161号線(西大津バイパス)へ分岐します。
2018年3月までは国道161号線の終点は逢坂1丁目で、現在の終点(上記の分岐点)から国道1号線を更に東進して逢坂山を超えたところにありました(国道だった頃は道路にも表記があった)。
現在の国道161号線になっている西大津バイパス道路も、1995年2月までは南志賀ランプまでしか開通しておらず(道は写真中央の擁壁部分の手前までで、跨道橋はなく右手の道が進入路だった)、ここから県道30号線〜県道47号線を通って下阪本6丁目で旧国道161号線に出ていました。
1995年2月に写真の下阪本ランプまで進展、1996年4月からは湖西道路と直通化され2005年8月に無料化され実質のバイパス道路になりました(写真正面が湖西道路への直通路)。
その先も順次進展して2012年12月に北小松の新旧161号線合流地点に達しました。
その先の北小松地区は1969年に廃止された江若鉄道跡地を利用して1988年に直線化され、最初に通った時に曲がって細い国道の横に真っ直ぐな未使用の砂利道があって不思議に思ったことを覚えています。
1974年12月には写真の高島市勝野ー高島市打下間が片側2車線化されており、当時では国道161号線で唯一の4車線区間でした(現在は2車線になっている)。
これにつながる高島バイパスは1993年6月に全通して集落の外を走るようになりました(写真は旧道の安曇川大橋で、狭くて大型トラックが対向出来ないうえ正面の川を渡ったところで左に直角に曲がっている)。
またこの高島バイパスは2009年4月には道の駅「藤樹の里あどがわ」付近を除いて高架になり、最後に残ったこの辺りも2016年に高架化される事が決まりました(写真に建設中の橋脚が見える)。
その北は海津まで今津やマキノの集落を避ける湖北バイパスが通っているのですが、基本的に距離が短く大型トラックの走らない旧道を走っていたので新道の改良がどれくらい進んでいたかは不明です(写真は旧道で、正面の交差点で新道と合流する)。
今回は行きは新道で帰りに旧道を走り、この日は天気が良かったので高島バイパスからびわこ箱館山が綺麗に見えました。
ここは元々ローカルの箱館山スキー場だったのですが、びわこバレイの夏利用(びわこテラス)の成功を見て真似したみたい(個人の感想)です。
今やメタセコイヤ並木と合わせて超有名観光スポットになりました。
ここは1984年春から1985年秋にかけて5回ほど行っており、毎回会社が終わって夕食を取ってから出発して真夜中に帰ってきたため、ただただ走るだけだったので今回初めてどんな風景なのかを知りました。
京都市内を北に抜けて宝ヶ池の花園橋から国道367号線を北上、途中峠(行程の途中にある峠という意味ではなく滋賀県大津市伊香立途中町という地名にある峠のこと)までの京都市側はカーブが多いものの片側1車線の走りやすい道で、かつて集落内を走っていて狭かった野瀬〜宮の田間も1988年8月に八瀬トンネルが完成してバイパス化されたほか小規模の拡幅と直線化も進んでいました。
以前は途中峠を越えて滋賀県に入ると急に狭くて急坂で折れ曲がっている山道になり、峠を下ったところにある途中町まではバスの本数も多くしょっちゅう渋滞していました。
この途中峠は1988年4月5日に途中トンネルが開通(2010年10月1日から無料開放)してこの峠の通過が容易になりました。
その先の花折峠を過ぎた葛川坂下の平橋から葛川中村の間も百井川(安曇川)沿いに1〜1.5車線の見通しの悪いグネグネ道になり、かつ本数は少ないもののフルサイズの路線バスが運行されていたため運悪く出会ったら大変な思いをしました。
この区間のうち坂下地区(平橋〜下坂下)は1993年に坂下トンネルが、1996年に牛の鼻トンネルと行者山トンネルが開通して直線化され、平橋〜坂下トンネル南口までの旧道は残ってはいるものの崩落・水没して通行不可となっています。
さらに1990年代前半には中村大橋を設置して中村集落をバイパス、続いて伊勢橋と木戸口橋を設けて木戸口地区をショートカットして国道全体の拡幅・直線化がはかられています。
この部分は集落を通っているため旧道がそのまま残されていて走ることが出来ました。
その先国道303号線との合流地点までは所々で直線化などの改良工事が行われているようですが車窓からは特定することが出来ませんでした。
1984年当時は国道367号線から合流した国道303号線に水坂峠があり、ここも1〜1.5車線の急勾配で曲がりくねった道でしたが1985年6月18日に水坂トンネルが開通して走りやすくなりました。
旧道はトンネル開通後も暫くは通行できましたが、現在では峠から西側が廃道になっているようです(トンネル西側口の上にガードレールが見えますが新道からの分岐点は通行止になっていました)。
このトンネルの開通により合流地点が少し東にずれ、写真の旧合流地点から旧国道303号線を戻るように変更されています(写真手前が367号線で左右に走る道路が旧303号線、現在の合流地点を右手方向に移してそこまでの旧303号線を現367号線に変更)。
その先国道303号線を西進して福井県の小浜方面へ下って行き、近年有名になった熊川宿の駐車場横を右折して上中の集落をショートカットして国道27号線に出ますが、1984年に来た時はこのショートカット道路を通った記憶がなく国道303号線を若狭町三宅の交差点まで行って国道27号線に合流していたと思っています。
JR小浜線三方駅の手前で国道27号線から国道162号線に分岐して小浜線をオーバークロスします。
その後町並みを抜けて三方湖の辺りを進むと国道162号線と県道216号線との分岐点が出てき、現在の国道は小浜までつながっていますが当時は世久見までしか通っておらず標識に「行き止まり」と記載されていました。
県道216号線を進むと水月湖が見えてきます。
この展望台は湖ぎわまで降りることができます。
県道216号線に入って最初の道路改良部が新塩坂越トンネル、左へ延びているのが旧道で写真遠方に通行止の柵が見えており廃道マニアではないので柵の向こう側には行きません。
トンネルを出た後は海岸線を走って新トンネル出口で合流しており、こちら側は現在でも坑道口すぐ手前にある釣船旅館まで車で行け旧トンネルを覗くことが出来ます。
旧トンネルの全貌で新トンネルよりかなり短く直線のため反対側の坑道口を見ることができ、トンネル内での対向が難しい場合は外で待っていました。
次の改良部は遊子(ゆうし)トンネルと遊子橋ですが写真撮り忘れました。
旧道との関係が福井県のホームページに記載されていて、前述の塩坂越トンネルのすぐ隣にあることがわかります。
その先の遊子の休息所から見た写真左手にある破風崎に至る旧道跡です。
もう少し進むと小林集落と新道の神子トンネルが見えてきます。
右が破風崎をショートカットした神子トンネル、正面が旧道で「この先通行止」の看板が出ていますが何処からが通行止かは見てきませんでした。
旧道にあった破風崎展望所、以前はここで休憩していましたが廃道となった現在では行くことも見ることもできません。
神子トンネル抜けたところで合流する旧道ですが、新道から分岐したところで通行止の柵(鎖)が設置されています。
写真中央の茶色い建物が幸楽旅館で左が最後の改良部分である常神トンネル、右が旧道でこの先左に曲がってトンネルの上を越えていきます。
常神トンネルの反対側坑道口は旧道が交差していました。
トンネルから常神集落方面を見ると、左手から下りてきた旧道は新道と交差した後右手に抜けてから180度回って新道に合流します。
常神集落の入口に40年前からあるトンネルですが、ここは改良工事されていませんでした。
このトンネルを抜けると常神海水浴場に出て急に開けた感じになります。
その先にある常神観光案内所とバス停が終点です。
観光案内所の左手にあるのが常神岬の碑石で、かつてはここで行ったみんなと集合写真を撮っていました。
観光案内所の裏手には駐車場が広がっており夏の夜は一面に魚漁の網が広げてありました。
集落は駐車場の奥に広がっていて予約が必要な有名料理屋が数軒あります。
昨年秋に乗っていた車のタイヤの山がなくなって買い替えが必要になり見積りを取ったら夏冬で60万円以上かかることがわかり、今の車が12年目になったこともあり車ごと買い替えてしまうことにしました。
今まで乗ってきたのが全てマニュアルミッション車だったので今回もそれで探しましたが、現在販売されているマニュアルミッション車はほぼ半受注生産体制のため長納期なのでタイヤ交換の代わりにはならず、唯一2ヶ月納期のGRヤリスは古希を迎えた年寄りが乗るのはちょっと辛いのでオートマでおとなしめの大馬力四駆にしました。
1984年3月に免許取るのと同時に買った車がHONDAプレリュード1.8XXで、トルクが少なく加速は遅いけど低重心・ワイドトレッド・ショートホイルベースで私の好きなワインディングロードを走るにはピッタリでした。
26歳にして初めて手に入れたオモチャだったので嬉しくて楽しくて仕方がなく、当時は自家用車で乗り入れることができた上高地や乗鞍岳畳平とか富士スバルラインへの夜行遠征の他に、毎日京都の会社から滋賀県の自宅への帰りに走り屋の好きな宇治川ライン(シティターボにちぎられました)や比叡山ドライブウェイ入口のある山中峠越えを経由して帰宅したり、休日には京都府や奈良・三重県の山中を独りでドライブして1年半で5万キロ走ってしまい早々に車を買い替えるハメになりました。
結婚してからはドライブだけを楽しむことはなくなりましたが今回車を買い替えたのを機にまたブラブラ走ってみたいと思い、先ず40年前によく走っていた犬打峠に行ってみました。
ここは当時住んでいた京都市伏見区から奈良県宇陀市へ抜けるのに使っていた和束・笠置を経由する府道62号の宇治田原ー和束間にある全線1〜1.5車線の離合が難しいつづら折れの山道で、通り抜けるにはそれなりの運転技術が必要になります(写真は峠のサミット部分で左へ下りると和束、奥が宇治田原方面)。
1988年に発売された渋滞ぬけみち道路地図に京都から奈良に抜ける国道24号線の抜道としてこの峠が紹介され、狭い道を経験したことがない方々がワンサカと押し寄せて対向できずにニッチもサッチもいかなくなり大渋滞を引き起こしたため、それ以降は通らなくなりました。
そんな山道も2025年2月に幅員7mで長さ2953mの鷲峰山トンネルで峠丸ごとぶち抜かれて便利になり、わざわざ峠道を往来する車はなくなって一台も対向車に会いませんでした。
短絡路が出来たのに廃道にならなかったのは金胎寺(こんたいじ)の参道になっているからかもしれません。
サミットの写真右手へ金胎寺に行く道が別れています(本堂まではかなり距離があるみたいです)。
ここだけ行くのは勿体無いけど昔のように宇陀や針まで足を伸ばすのはちょっと遠いため、国道422号線から伊賀上野に出る道をショートカット(?)する位置にある「三国越展望台」を経由して笠置から宇治田原に抜けるルートを選びました。
昔は狭かった国道422号線も拡幅・直線化されて走りやすくなっていましたが、県道138号線から県道334号線と進むにつれ道幅が細くなっていき最後の林道多羅尾線は退避場所が殆どないほぼ車の幅くらいの道でした。
車買って10日目で車体感覚が分からない状態で狭い道をバックするのはとっても不安だったのですが幸いなことに一台も対向車には出会いませんでした。
林道多羅尾線から三国越林道に入ってすぐのところに展望台の入口があります。
この部分は道幅が広くなっていて通行に迷惑にならないように車を停めることが出来ます。
入口から歩いて5分ほどで展望台に到着します。
更に三国越林道を三重県側に進みますが、この林道は1〜1.5車線あるので山道に慣れていればそれほど離合には苦労しません(ここでも対向車には出会いませんでした)。
三重県側に少し進むと林道横に三国越林道展望所が出てきます。
しばらくは車窓から山城村の町並み(?)が見えます。
国道163号線と合流する島ヶ原へはこの辺りで右に曲がるのですが交差点がありそうな雰囲気は全くありません。
直前になるといきなり右手に道が見えてきますが、ナビがないと絶対に間違ってしまうと思うので技術の進歩とアインシュタインの頭脳に感謝です(GPSの補正に相対性理論が使われているらしい)。
国道163号線に出て暫く進むと左手に木津川が現れ、かつて十津川温泉や大台ヶ原から帰ってくる時に渡った笠置大橋が見えてきます。
これを過ぎるとすぐに府道62号線の案内が出てきますが、40年前にはこの案内標識も右折レーンもありませんでした。
国道から府道への入口で、標識もナビもなかった頃は毎回正しい道なのかヒヤヒヤしながら進入していました。
この先ずっとこんな感じの道を走って和束まで抜けますが、40年前と全く変わらない風景です。
前述の短絡トンネル部分だけでなく和束のメインロードである府道5号線と交差する手前(南側)から道路改良されたようで、旧道はここから右に曲がって極楽寺を経由して峠につながっています(もちろん旧道を進みます)。
旧道のほぼ町外れ付近ですがここも40年前と変わらぬ風景でした。
右手に写っている立派な道とトンネルが新道で、旧道は新道の下をくぐってこの場所に出たあと左に曲がって急勾配のヘアピンカーブを2回通ってトンネルの上に見える山を越えていきます。
峠で写真を撮っているとこの旧道唯一の対向車(?)だったガイジンさんがチャリで走り抜けかなりの速度で降っていったので、登ってくる時に出会っていたらかなり危険な状況になったかも…
宇治田原側も道路改良されていて町外れを通って国道307号線に出るバイパスが作られていましたが、町中の旧道を走っていくと40年前と全く変わらない店や建物がある交差点に出ました。
府道783号線から県道29号線を経由して国道422号線に戻ったら今回のドライブは終了です。
次回はかつては深夜にしか行ったことがなかった福井県若狭町にある常神岬です。
これまでに作成したジオラマを振り返っているうちにアラがわかってきたので少し修正しようと思いましたが、バラストや樹木等の材料が見つからなかったので待ち状態になりました。
駅自体は最初に作ったジオラマで使ったのと同じ仮停車場タイプで、TOMYTECのジオコレにラインナップされている建物コレクション149-2 駅F2〜北国の無人駅〜を使いました。
一作目で使った駅F2は待合室がホームと一体型になっていて横幅があったため狭小ジオラマには使い難かったのですが、新製品になって分割式に改良されました。
中身はプラパーツ(写真)とシール・説明書です。
そのまま組んだホームで、これをベースにして少し加工します。
同じく素組の待合室で、こちらは雰囲気は良いのですが土台の真ん中に居座っているためホームに接続すると歩く部分が殆どないという欠点があるので、建屋だけを使って地面の上に設置するつもりです。
まずホームを分解して土台を塗装します。
地方にもよりますがホームの下は草が生えないように土間みたいに突き固めた黒土になっていることが多いようで、ここに苔が生えている状態を表すつもりでMr.COLORのC15暗緑色(中島系)を筆で塗り、その上からスミ入れ塗料のブラックを塗ってみましたが思ったより緑味が強くなってしまいました。
支柱を差し込み、スミ入れ塗料のダークブラウンを支柱全体に塗ってプラの質感を消します。
この上にホーム部分を取り付けるのですが、付属の転落防止用柵が太過ぎる上にいかにもプラスチックですという造形です。
そこで津川洋行製のNA-80鉄柵を使ってみました。
ホームの材質が軟質プラのようでプラ系の溶剤では付いてくれなかったためにゴム系のGPクリアを使いましたが、接着面積が極小のため接着力が貧弱だったので瞬間接着剤で補強しました。
製品にはなかったホーム終端面にも鉄柵を取り付けた後、ホーム面をマスキングして塗装します。
ウェザリングやスミ入れをする関係からラッカー系のガイアノーツ1012赤サビ色を筆塗り、思っていたより少し明るい感じだったので上からスミ入れ塗料のダークグレーを塗って色調を暗くしました。
またホーム上にはMr.ウェザリングカラーのWC04サンディウォッシュで砂埃を被った感じを出します。
ホーム下の支柱交差部にもこのサンディウォッシュを乗せるように塗って砂埃が溜まった雰囲気を出してみました。
さてホームには付属の柵を取り付ける大穴が何個も開いているので、ここにプランターを置いて隠すことにします。
レイアウト情景用アクセサリーをカラーレジンで製品化されているYSK-modelsの角形プランターを選びました。
プランター本体にはスミ入れ塗料のダークグレーを塗って使用感を出しました。
7色のうちディープグリーン・グリーン・ライトグリーンを全量とイエローグリーンの1/4を混ぜ合わせ、プランター部に木工用ボンドを爪楊枝で塗ってから押し付けて接着、ある程度乾いたところで上から再度木工用ボンドを塗ってスポンジを押しつけてボリューム感を出しました。
レジンよりはマシになりましたが、拡大するとスポンジなのがバレバレですね。
このままでもよかったのですが、これにKATO24-424千草と花づくしに入っている4色の花パウダーをテキトーに振りかけて花が咲いた感を出しました。
続いて製品の斜面部分には柵が付いておらず不自然なのでここにも鉄柵を設置し、ガイアノーツ1012赤サビ色を筆塗りします。
ただ斜め柵は製品化されていないのでエバーグリーンのφ0.75mmのプラ棒(70EG210)を組み合わせることにしましたが、鉄柵の溶接構造にするのは工作が難しい上に柵の強度が無くなるので木柵のような張り合わせ形状としました。
また斜面部分にはホームで使ったMr.ウェザリングカラーのWC04サンディウォッシュを重ね塗りして土が付着している様にみせます。
地面はモーリンのリアルサンドTR02ナチュラルとリキテックスのマットメディウムを同量混ぜて塗布しました。
このリアルサンドは使ったナチュラルの他に黄土色とブラウン系3種類があるので、今回のように単色ではなくナチュラルをメインに他の色を少しずつ混ぜたほうが実感的な土に見えるようです。
メディウムに粘度があるのでスチレンボードの段差(5mm)を埋めずにそのまま塗ったら思ったより流動性が高く、硬化するまでに流れてしまって段々がそのまま残ってしまったので2-3回重ね塗りしてなだらかな地面を作りましたが、硬化に24時間かかるので塗る前に粘土等で段差はなくしておくべきでした。
鉄橋は1.2mm厚のタミヤのプラバンから主桁と横桁を切り出し、Plastructの各種プラ棒で中間補剛材(0.5mm × 0.5mm)、端補剛材と上下のフランジ(1.5mm × 0.5mm)、上横構(1.0mm × 0.5mm)をそれぞれ作って接着します。
固着したらMr.カラースプレーS29艦底色を吹き付け、Mr.ウェザリングカラーのWC04サンディウォッシュで砂が隅に溜まった感じを出しWC06マルチグレーで汚れ感を表現してみましたが、汚れ感はイマイチな出来になったのでもう少し工夫が必要です。
鉄橋部に設置されているガードレールは試験的にTomixの道床付き線路から引き抜いていたレールを使い、上部を削って平面を作り端を折り曲げてレール側面と同じMr.カラーのC42マホガニーを全体に筆塗りしたあと天地逆に貼り付けて表現しました。
また渡り板として、3.0mm幅のバルサ材を水性木部用ステイン(ウォールナット)に浸して着色し、ガードレール間に接着しました。
今回は実物換算で長さが7mしかないので保線通路は付けませんでしたが、近年は手すりのない渡り板の上を歩くのは危険ということらしく殆どの橋に付いているようで、長年販売されてきたTomix製の上路式ガーダー橋も最近になって通路パーツが追加されました(価格は3倍になりましたが)。
橋台と擁壁は津川洋行のニューデザインプラペーパー(レンガ150)を使い角部分を斜めにやすって板厚を消すようにしましたが失敗、木材でベースを作った上にこのペーパーを貼り付けた方が良さそうです。
水田は一般的な人工芝を使う手法を用い、高さ6mmの人工芝にヒートナイフで筋をつけてみましたが色が変わった程度で変化がなかったので、稲が並んでいる表現にするにはもう少し工夫が必要です。
畑はダンボールを使い片側の紙を剥がして畝(波板)を作りますが、この時縦スジに合わせて破り取って残った紙をピンセットで除くと綺麗に畝を出すことができ、その上から防水を兼ねてタミヤのアクリルミニXF-72茶色(陸上自衛隊)を筆塗りします。
Tomixのカラーパウダー(ブラウンミックス)とKATOのターフ(若草色)を混ぜ、作った畝にボンド水を塗ってから茶こしに入れて振りかけて雑草が生えている感を出します。
築堤や畔・斜面にもボンド水を塗ってTomixのカラーパウダーを各色混合して撒き、その上からファインフィックスを垂らして、各種緑色系のKATO製ターフおよびコースターフを振り付け、木工用ボンドに浸けたTomixのフォーリッジ(グリーンとダークグリーン)を貼り付けていきました。
道路橋は厚さ2mmのプラバン(タミヤ)を川幅の長さで幅20mmと22mmの2枚作って張り合わせ、津川洋行のNA-91「欄干・柵B」をプラバンの長さに合わせて切断して両側に接着し、Mr.カラースプレーのS40ジャーマングレイとS62フラットホワイトを重ね吹きしました。
道路との接続部は土が橋に入り込んで来たような感じにし、Mr.ウェザリングカラーのマルチグレーと少量のリアルサンドで路面上に変化をつけます。
更に草ばっかりで低木等がないのでちょっとだけ修正してみます。