前回は昇圧直前に京津線や石坂線で活躍した車両達を整備しましたが、80型のNゲージ用パンタグラフと製品の台座がズレているという問題が発生して挫折しました。
今回はこの80型のパンタグラフ取り付け改造の合間に、京津線や石坂線がトロリーだった時代の60型・80型を整備しました。
また以前に整備した1500V昇圧後の800系も、金属パンタグラフへの交換に挑戦しました。
【80型】
2015年10月24日に京阪電車でのみ発売された2輌セットは、1箱で後期「冷房改造後」x2輌または初期「ポール集電・両運転台」x1両が再現できますが、2箱使うと冷房改造車で余った両運の前面・ポール用屋根・集電ポールパーツを流用して各々2両ずつの製作が可能です。
パンタグラフで難儀している冷房改造車は置いといて、ポール集電車を組立てます。
説明書には「車両番号の車側表示灯は線対称の位置にあります」と記載されていますが、車両番号はどちらの側から見ても車両右側にあるので「点対称」が正しい表現かと思われます。
また説明書の行先方向板は把手が付いているのにシールにはその表現がなかったので、京阪大津線用としては唯一ジオマトリックス・デザイナーズ・インクから発売されている「K801 / K802 京阪行先標・副標・行先表示 -大津線-」を使いました。
このパーツセットにはシールの他にエッチング板の方向板ベースが付いているので、先ず車体に角型のエッチング板をゴム系接着剤で取付け、そのベースの上に「京都三条・浜大津」と「京都三条・四宮」のシールを貼り付けます。
ただこのシール、製品付属品よりも厚手でカットし難く斜めに切ると断面が見えるという難点があるので注意が必要です。
これで完了です。
次に、パンタグラフを金属化しようとして取付穴が合わない!パンタグラフ台座のサイズが違う!で大騒ぎした80型冷房改造車の進捗です。
先ず台座のサイズが正しいのかを鉄道コレクションのスケールモデルと比較します…え〜!全然違うやん。
ブロックパーツと屋根板を止めるピンがちょうどパンタグラフの下にあるという車体の構造から、パンタグラフ取付け用の穴を開ける事が出来ずに碍子部取付けにしたために、プラ成型の太い取付け足用に台座をバカでっかくせざるを得なかったようです。
また80型のパンタグラフはPT42系のはずですが、付属しているのは全く違う形状な上に屋根からかなり浮いた構造になっています。
確かに非冷房時代は屋根が低かったためにパンタグラフ取付け足が異様に長かったのですが、冷房改造されて屋根が高くなって普通の形状に戻されています。
なんでこんな形にしたんやろ…謎です。
さらにBトレは車幅が固定なので小型車両ほどオーバースケールになってしまう傾向にありますが、さすがにここまで違うとちょっと酷過ぎますね。
そこでパンタグラフ台座には一般的なコレを使って正しい大きさに変更します。
今後は「製品の台座を削り取る→パテで穴埋め→台座パーツを貼り付け」の手順で進めます。
【60型】
日本で初めて連接構造を採用し、また1930年代の世界的なブームに乗っていち早く流線形車体を用いたことで、日本の鉄道史に足跡を残した車両であり「びわこ号」の愛称を持ち車体側面に愛称銘板が取り付けられています。
本車両は、大阪から京阪本線と京津線を直通運転する琵琶湖連絡列車用に作られ、高速電気鉄道の京阪本線と路面電車規格のうえ建築限界が明治期の開業時のままの京津線を直通運転するための工夫が盛り込まれています。
特に、蹴上-九条山間には66.7 ‰の急勾配が、大谷-上栄町間には半径40mの急カーブが存在し、東山三条・蹴上・日ノ岡の各駅は路面ホームという特殊な条件の京津線に合わせた構造にしたため、京阪本線では速度が追いつかなかったので特急扱いにして停車駅を減らして対応したらしいです。
製品は登場時と晩年時代の2種類4輌セットで、単なる塗装変更ではなくキチンと作り分けられています。
先ず晩年時から整備していきます。
四宮車庫に転出した後の晩年の姿(写真の白字部分)が再現されていますが、何故かポールはダブルのままです(片側はレトリーバーがないので畳めないハズ)。
行先方向板は昔ながらの向き(「大津⇔大阪」と「大阪⇔大津」)があるタイプですが、四宮に移ってからは京津線の運用が中心になっていた(特に四宮車庫火災事故後は京津線が走行可能な数少ない大型車として大車輪の活躍をしたとあっちこっちに記載あり)ので本線との通しの標記はちょっと違和感があります。
と思いながらも深く考えるとロクなことはないのでやめにし、説明書に記載されている編成の方向を確認しました…あれっ?方向板の標記が逆!
どこかの時代に方向転換したのかと思いネットで調べてみると、幸いなことにこの時代の写真は結構アップされていました。
全然違うやん!方向転換どころの騒ぎではありませんでした。
製品についているシールは位置や数を変更して対応することができますが、付属していない前面種別板は80型ポール仕様で利用したジオマトリックスのエッチング板とシールを使用します。
モールドされている引っ掛け部を削り取ってから円型エッチング板を車体に取付け、そこへ「急行 浜大津」を貼りつけます。
側面の大きな広告は、適当なものを野立て看板や壁貼り看板のシールから探すつもりでしたが、取付後の姿があんまり格好良くないので付けるかどうか思案中です。
またシングルになった後のポールの写真がいくら探しても出てこなかったため、テキトーに切り飛ばしてワヤになったら困るのでこちらも保留です。
次に登場時ですが、こちらは殆ど写真が残っていないために保存機を正として考えることにして、ネットにアップされている写真の内容から側面の行先方向板と社紋を向かって左側の車両にのみに修正しました。
パンタグラフは実車とは少し形状が異なりますが、両車共通でKATOの11-401 PS14を付けています。
どっちの車両とも取付け穴がグスグスなので、抜けない工夫をするのは難しいので、接着してしまうつもりです。
号車は61号機としましたが特に意味はありません。
【800系】
京津線の昇圧および京都市営地下鉄東西線への直通運転開始にあわせて導入された車両で、京津線の急勾配・急カーブ対策と京都市営地下鉄東西線内で運用するためのATO装置の搭載など多彩な機能を備えています。
登場時はパステルブルーと灰白の車体色に苅安色の帯を巻いていましたが、2017年から2020年にかけて新塗装に変更されました。
またCIマークも旧マークで登場し、2008年4月から新マークに変更されています。
前に登場時の姿を整備しました。
この時は、展示用なので製品に付属している畳んだ状態のパンタグラフを付けていましたが、GMから類似のPT71B(実車はPT-7201)が発売されている事を知ったので交換しました。
Amazonで買ったらこんな状態で届きましたが、幸いにも製品自体に問題はありませんでした。
Bトレ用の製品ではないので取付部の位置が違うため、孔を開け直す必要があります。
親切な事に取付け穴開け用のガイドが付属しており、このガイドを屋根板のパンタ取付け用二穴に差し込み、ガイドにある4つの穴にφ0.6mmの孔を開けます。
800系の屋根はパンタ部分のみ凹んでいるので引っ掛かりが少なくしっかりと押さえていないとズレてしまうので、マスキングテープでしっかりと固定しました。
また車体のまま穴を開けるとピンバイスを直角に立てる自信がなかったので、一旦分解して屋根板を外して穴を開けました。
アレレ?穴が無茶苦茶ですね。
それでも無理矢理押し込んだら入りました。
やっぱりパンタグラフは上がっている方が見栄えがする…と悦に入っているとパキッという音と共に何かが飛んでいきました。
え〜!?ナニコレ!
どうも元々やわいシングルアームのパンタグラフ本体をキチキチの状態で根元まで押し込んだため、機構部に応力がかかって壊れたようです(T_T)
どないしょ〜
しょうもない事せなんだら良かった…
続きます。